大嫌いなクリスマス

  
 みんなはクリスマスが近づくととても楽しそう。――でも私はクリスマスが大嫌い。サンタさんは、私にプレゼントをくれる代わりに大好きなお兄ちゃんを連れてったから。


 雨は夜更けすぎに雪に変わるなんて誰かが歌ってたけど、私が流した涙は一体何に変わるんだろう。


「じゃあ、行ってくるから」


 クリスマスイブの晩、お兄ちゃんは枕元に現れてそう言った。そして、私の手の届かない所へ行ってしまった。


 何がいけなかったんだろう。きっと何も悪くない。そう自分に言い聞かす。それを幾度と無く繰り返した。


 


――本当は分かっていたから。私があんな願い事をしたからだって。


サンタさんへプレゼントのお願いのお手紙を書く。多くの人が小さい頃にやったこと。届くはずのない住所を書き、ポストに投函する。サンタさんに届きますようにと神社でもないのに手を合わせる。


いつしかその正体を知ってからは誰もそんな事をしなくなる。私もいつしかそうなったはずだった。


それでも、どうしてもどうしても欲しいプレゼントがあったから、私はサンタさんに手紙を出した。届くはずのない手紙を。





知らなかったから。その手紙が本当にサンタさんに届いて、プレゼントを持ってきてくれるって。正しい手紙の書き方をすれば、本当にサンタさんはそれを叶えてくれるんだって。





お兄ちゃんは、生まれつき体が弱かった。月の半分を病院で過ごす事もしばしばだった。クリスマスには、毎年必ずと言っていいほど大風邪を引いていた。


だから、私はサンタさんにお願いした。





――お兄ちゃんに、健康を下さいって。元気にクリスマスを迎えられますようにって。





その願いは叶えられ、それと引き換えに私は大好きなお兄ちゃんを失った。





あ れからもう3年の時が流れた。15歳のクリスマス。いつものように友達とカラオケへ行って、家に帰ってご馳走を食べる。2年前から続いている事。2年前ま でとは違う事。――本当ならお兄ちゃんの看病に明け暮れるはずだったクリスマス。大変だけどお兄ちゃんと一緒に居られてちょっぴり嬉しかったクリスマス。





――でも、もうお兄ちゃんは居ない。


「ただいまー」


「おう、お帰り」


 ――え? 私は目を疑った。居るはずの無い人が、そこには居たから。


「……おにい、ちゃん?」


「よぉ、久しぶりだな」





 ――ぷちん、私の中で何かが弾けた。





「馬鹿ぁっ! 今まで何処行ってたのよぉっ」


 ぽかぽかと、私はお兄ちゃんを叩いた。


「いてぇな、サンタ修行に行ってたに決まってんだろうが」


「嘘! 丸三年も帰ってこないで……」


「いやぁ、思いのほか修行が厳しくてな、なかなか合格点を貰えなかったんだ。半人前でお前に会うわけにもいかないし……一昨日やっと一人前って認められてな、それで帰ってきたんだ」


 





 ――お兄ちゃんに健康をくれる代わりに、お兄ちゃんはサンタクロースの後を継ぐ。それがサンタさんの出した条件だった。そうでなければその願いは叶えられないと。


 お兄ちゃんははじめ驚いていたが、笑ってその条件を呑んだ。そして、お兄ちゃんはサンタクロースになった。








「――もう、ずっと会えないと思ってた。本当に、お兄ちゃんなんだよね」


 私はお兄ちゃんに抱きついた。3年前より遥かに逞しくなったお兄ちゃんの体。それがこの3年間のお兄ちゃんの苦労を語っていた。


「あぁ、ちゃんと足もついてるし。――そうだ、ほれ、これプレゼント」


「――わぁ、綺麗」


 お兄ちゃんに手渡された箱を開けると、雪の結晶の形のペンダントが入っていた。


「――窓の外を見てみろよ」


「――うわぁ」


 いつの間にか、窓の外には雪がちらついていた。1日遅れのホワイトクリスマス。


 





――前言撤回。やっぱり私もクリスマスは大好き。だって、大好きなお兄ちゃんが、プレゼントを運んできてくれるから。

  

2004/12/24掲載

  

大好きなお正月

  
「ふぃ〜、久々に紅白も見たし、これで思い残す事はないな」

「ねぇお兄ちゃん、近所の神社に初詣に行かない?」

 前から思っていたけど言えなかった事を私は口にした。今のお兄ちゃんなら大丈夫だから。

「いいけど……ちゃんと防寒対策しなきゃ駄目だぞ。なんだかんだ言って、俺より風邪引く回数多かったんだからな」

「は〜い」



 久しぶりに家族4人揃っての大晦日。

 3年前、私がお兄ちゃんに健康を下さいとサンタさんにお願いしたのが全ての始まりだった。私の願いは聞き入れられ、病気がちだったお兄ちゃんは見違えるほど健康になった。

 それと引き換えに、お兄ちゃん はサンタさんの跡継ぎになった。サンタ修行といって、お兄ちゃんはしばらく私の前から居なくなった。もう帰ってこないのではないか。本当はお兄ちゃんの死 を認めたくない私の妄想だったのではないか。そうとさえ思った(それを言ったら「勝手に俺を殺すな」と軽く頭を叩かれた)。



――しかし、あれから3年たったクリスマスの日、お兄ちゃんは帰ってきた。病気が尻尾を巻いて逃げていきそうなくらい、がっちりと、且つ引き締まった体。

 真っ白で透き通るようだった肌は、健康そうな小麦色に色を変えていた。右腕にぶら下がった私をそのまま持ち上げたのには本当に驚いた。前は腕相撲も私と互角だったのに。――嬉しい反面、ちょっと悔しかった。

 年明け3日までは特に仕事もな いからと、あの日以来お兄ちゃんは家にずっと居た。運転免許を取っていて、ドライブに連れて行ってくれた。お父さんの車はとても古くて暖房もほとんど利か なかったけど、不思議と寒くは感じなかった。海に反射した夕陽がとても綺麗だった。また行きたいな。



「お兄ちゃん、準備できたよ」

「よし、それじゃあ行くか」



 5分ほど歩いて、私達は近くの神社に着いた。私達以外にも初詣に来た人が結構居て、割と賑わっていた。

「お兄ちゃん、おみくじ引こうよ」

「待て待て、年が明けてからな」



 そうこうしている内に時計の針が12時を回った。お兄ちゃんと一緒に新年を迎えられた。それが、どうしてと思うくらい、嬉しかった。

「おいおい、お前、何泣いてんだよ」

 目の下をそっと撫でると、水滴が指を濡らした。何で泣いているのかは私にも分からなかったけど、それは暖かく、今までの寂しさを洗い流してくれるように感じた。慌ててぐしぐしとそれを拭い、にっこりと微笑んだ。

「何でもないよ。――お兄ちゃん、明けましておめでとう」

「あぁ、おめでとう――よっしゃ、おみくじでも引くか」

「うん!」



「やったぁ、私大吉。お兄ちゃんは?」

「……末吉。何か微妙だなぁ」

「大丈夫だよ、最初が悪い方が落ちることがなくていいって言うじゃない」

「それ、大吉を引いたやつのセリフじゃないと思うぞ」

「うっ……」



「お兄ちゃん、何円入れた」

「『十分ご縁がありますように』十五円だ」

「やだ、何かお兄ちゃん古臭い」

「ほっとけ」

 パンパン!

(お兄ちゃんと、いっぱいいっぱい一緒にいられますように)





 特別な事はしていない。でも、私たち、少なくとも私にとっては掛替えのない時間。このまま時が止まってしまえばいいのに。

「――ねぇお兄ちゃん」

「ん?」

「キスして」

「――何だ、藪から棒に。分かったよ、今回だけだぞ――チュッ」

「口にはしてくれないの」

「馬鹿、俺たち兄妹だぞ。そういうもんは好きなやつのために取っとくもんだ……よっぽどのやつじゃないと、俺は認めないからな」

「もう、お兄ちゃんったら」

「言っとくが、俺は本気だぞ」

「そんなこと言って、この3年間の間に出来てたらどうするつもりだったの」

 そんなことあるはずないけどね。お兄ちゃん以上の人なんてなかなかいないもの。

「ぐ……と、とにかく、俺が仕事に精を出している間に何処の馬の骨とも知れない男なんかにうつつを抜かさないように」

「お休みが終わったら、またしばらく帰ってこないの?」

「いや、サラリーマンと同じで晩飯までには帰れるぞ。一応休みもあるし」

「ほんと?! やったぁっ」

 嬉しくて、思わずお兄ちゃんに抱きついた。不意を突かれたせいか、お兄ちゃんはバランスを崩し、私がお兄ちゃんを押し倒す形になった。

「お、こんなとこにいたのか――ってお前たち、何を」

 そんなところにタイミング悪くお父さんがきたもんだから、さぁ大変。事情を話してもなかなか納得してなくて、最後は私が泣いて誤魔化した。





 お兄ちゃんの恋人になれますように。さっき密かに神様にお願いした事。あ、でも、もしこれが叶えられたら、お兄ちゃん今度は神様になっちゃうのかな――それとも、今度は私?





「お兄ちゃん、今年もよろしくね」

「あぁ、よろしくな。そろそろ寒くなってきたし、風邪を引かないうちに帰るぞ」

「は〜い」

  

2005/1/1掲載

  

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