三話
血煙。
倒れた父。
動けぬ身体。
切り裂かれる供。
むせ返る様な血の臭い。
返り血にまみれた、紅の悪鬼。
そして、その腕が彼女の身体に伸び……
「きゃあぁぁぁ!!」
綾女は悲鳴とともに跳ね起きた。
そこは、自分の寝室。
外は夕闇に包まれ、不気味なまでに、静まり返っている。ただ、風の音が響いていた。
「夢……」
恐怖の余韻に震える全身が、びっしょり汗に濡れていた。
心臓が早鐘の様に鳴っている。
「嫌な、夢」
汗にまみれた額を拭う。
「父様が……」
父の死。
そんな事、あるはずがない。そう自分を納得させようとした。
しかし……
「うっ!」
微かな痛み。
股間に僅かな疼きがある。
それは、先刻の夢が、紛れも無く現実であった事を思い知らせる。
父を目前で殺され、自分はその傍らで犯された。
しかも、その相手は……
「うう……」
涙が溢れた。
「綾女様?」
部屋の外からの、心配気な声。彼女の世話をする下女が泣き声を聞き、声を掛けたのだ。
「大丈夫。何でもないわ」
気丈にも涙を拭い、言葉を返す。
「お気付きになられましたか。奥様が血まみれの綾女様を抱えてこられた時は、一体どうなる事かと思いましたが……。お館様が亡くなられた今、綾女様がご無事だったのが唯一の救いです」
彼女の声も、沈んでいる。
「父様……」
再び涙が溢れる。
「お辛いでしょう……。ですが、これからが大変です。兄上とともに、御家をもり立てていかねばなりません」
「ええ……」
彼女は頷きつつ、涙を拭う。
「何かお持ちしましょうか?」
「いいえ。今は、何も……」
とても食事が喉を通る状態では無い。
「今は、お休み下さい。明日から忙しくなるでしょう」
そう言い残すと、下女は去って行った。
彼女は一つ、息を吐く。
「……戌彦、何故?」
仄かな思いを寄せていた青年の名を呟いた……。
――あの時
父を迎えに表に出た彼女を待っていたのは、血塗られた惨劇であった。
父に襲いかかる影。
父は、必死で応戦しようとし……ほとんど抵抗出来ずに倒されていった。あの、強かった父が。
そして、いまわの際、父の手が影の覆面を掴み……。
その下から現れたのは、見知った顔。いつも優しく微笑んでいた青年の……
そこにあったのは、怒り、哀しみ、憎悪……
冷酷なまでに無表情の顔の中に、様々な感情が渦巻いていた。
そして、その瞳が彼女を捕らえた時、その顔は悪鬼へと豹変した。
獣の様な咆哮を上げ、彼女に向かって地を蹴った。
慌てて供の者が彼女を庇い、前に出る。
が、あっさりと斬り捨てられた。いや、殴り倒された、と言った方が良いのかも知れない。いかに鋭い刀といえど、人を斬った刃は脂が付着し、切れ味が鈍る。数人を斬れば、刀としての用を為さなくなるのだ。
すかさず戌彦は倒れる相手の刀を奪い、斬り掛かってくる次の相手の刀を受ける。そして、斬れなくなった方の刀を相手に投げつけ、それを払った隙を逃さずに逆袈裟に斬撃を放つ。吹き上げられた血飛沫の雫が、彼女の頬に落ちた。
「ヒッ……」
彼女はくたくたと頽れる。
恐怖のあまり、身体が動かない。
その目の前で、彼女を庇おうとして、供の最後の一人が大上段からの一撃で斬り捨てられた……
「あ……ああ……」
尻餅をついた様な格好で、逃げようと地を掻く。その時、何か股間に暖かいものが溢れる感触があった。失禁してしまったのだ。だか、彼女はその事実に気付く暇は無かった。目の前に戌彦が迫っていたのだ。
血刀が迫る。その切っ先は、彼女の着物の裾、足の間に滑り込む。
しかし、彼女が死を覚悟した瞬間、その刀は上へと跳ね上げられていた。裾がはだけ、彼女の下半身が外気に晒される。
「な、何を……嫌!?」
何をしようというのか? 綾女には、戌彦の真意が計りかねた。
だが、無理矢理足を開かされた時、ようやくその意図を悟った。
……犯される。
その恐怖に彼女の身体は強張った。
「や……やめて!」
組み敷かれ、恐怖に駆られながらも、制止の声を上げる。が、そんな事お構い無しに、戌彦は彼女の胸元に手を伸ばす。
襟を掴むと、一気に開く。
まだ未発達な、僅かに膨らみかけた胸が露になった。
慌てて胸を隠そうとする綾女。が、それより先に、はだけだ胸を掴まれた。
「い……痛い!」
涙が溢れる。
しかし、そんな彼女の様子に気を止める事も無く、戌彦は彼女を嬲り続ける。
右手で胸を揉み、左手で股間をまさぐる。
荒々しい愛撫は、彼女に苦痛しかもたらさなかった。
泣き叫ぶ彼女に、更なる恐怖が訪れる。何か熱く、硬いものが彼女の秘所に押し付けられたのだ。
「なっ!? ……あ〜〜〜!!」
それが何なのか、一瞬理解出来ない彼女。が、すぐに灼熱の痛みが彼女を襲う。
何とか逃れようとするが、それも叶わない。
そうする間にも、それはなおも彼女の奥に侵入していく。
「や、やめて……」
力無い拒絶の言葉。身を裂かれる痛みに、それ以上の言葉が出ない。
とうとうそれは、彼女の一番奥まで征服した。
「ああ……」
快感に溺れた様な戌彦の喘ぎ。
そして、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「……ッ! あぁ……」
彼が僅かでも動く度に、痛みが彼女を襲う。
涙をこぼし、必死で痛みに耐える。
そうする間にも、少しづつ抽挿は速くなっていく。
「あぐっ! あっ、ああっ!」
堪らず、悲鳴が溢れた。
熱い強張りが、彼女の胎内を蹂躙していく。
「……っく! い、戌彦、止めて……」
弱々しい哀願。だがそれは、彼の嗜虐心に一層の火をつけたようであった。
強引に彼女の足を掴むと、繋がった状態のままうつぶせにする。
「ひぃっ!」
繋がった場所がよじれ、更なる痛みが彼女を襲った。
一方の戌彦は、それによりもたらされた快感に、喘ぐ。
そして、獣の様に背後から貫かれた姿勢となった綾女を、更に責め立てる。
「あっ、あうっ、ああっ……」
涙を流し、苦痛に喘ぐ。
しかし、戌彦の右手が、股間に伸び……
「ひっ!?」
破瓜の血がにじむ秘所の上、ひっそりと隠れた肉芽をまさぐった。
「嫌っ、そんな所……」
突然襲う、未知の快楽。苦痛だけだった彼女の顔が、戸惑いを浮かべる。
それを知ってか知らずか、彼の指先は執拗に肉芽を責めていく。
「んっ、ふぁあっ! あぅっ……」
僅かに混じる、快楽の喘ぎ。
今度は左手が胸に。僅かに膨らみかけた胸の、その先端。桜色の突起をつまみ、指先で転がす。
「んくっ!?」
びくん、と彼女の身体が跳ねた。
同時にその秘所は、戌彦のものを締め上げた。
「…………!」
ぞくり。
彼の下腹部の熱い疼きが、出口を求めて渦巻き始めた。
「ま、待って!」
綾女は懇願する。が、戌彦は無慈悲にその華奢な腰を逃さぬ様にしっかりと掴み、抽挿を続ける。
そして戌彦のモノが、一際奥まで突き入れられ……
「ああ〜〜っ!?」
彼女の胎内に、熱い迸りを放った。
「ああ……あっ……ああ……」
彼女は最奥に叩き付けられた熱いものの間隔に戸惑う様な声を上げつつ、その意識は闇にのまれていった……
――暫し後
気付いた時、彼女は先刻の場所からやや離れた柔らかい草の上に寝かされていた。はだけられていた着物はきちんと着せられ、身体も拭いてあるようであった。
「あ……」
戌彦がやってくれたのだろうか。一瞬呆然として自分の身体を眺めた。
「父上は!? ……あぐっ!」
ふと斬られた父親の事を思い出して慌てて身を起こそうとし、股間の痛みに顔をしかめた。
それでも無理矢理身体を起こし、半ば這いずる様に、父の元に向かう。
「父上?」
恐る恐る呼びかける。
しかし、答えは無い。
「父上、お願い……。目を開けて、父上!」
悲痛な叫びが彼女の口から溢れる。彼女はもの言わぬ父にすがりつき、慟哭した。
しかし、既に冷たくなりつつある繁正は、愛娘の声に答える事は無かった……
――綾女の寝室
「父上……」
再び彼女の瞳から涙が溢れた。何故あの優しかった父が殺されなければならなかったのか? それも、可愛がっていた戌彦に……
「何故……」
彼は、彼女が生まれたときから常に側にいた存在。彼女にとっては兄の様な存在であった。実の兄よりも、ずっと……
わがままを言って困らせた事は、二度や三度ではない。それでも彼は、それに付き合ってくれた。
彼女の脳裏の悪鬼の様な顔が、いつもの優しい微笑みに変わる。
「戌彦……」
彼女はぽつりと呟いた。
不思議と憎しみは湧いてこない。
ただ、逢いたかった。
父を斬り、自分を犯した訳を知りたかった。
「そういえば……」
時折彼は、独り物思いにふけっている事が多かった。その事を問うても、ただ少し悲し気な笑みを返すだけ。
何故?
自分には何も話してくれない彼の心のうちには、一体どんな想いが渦巻いていたのか。
ただ、それが知りたかった。
彼女は立ち上がろうとし……
「痛っ!」
股間の痛みに顔をしかめた。
そっと着物の裾をはだけ、恐る恐る秘所を指でまさぐる。
まだ幼い僅かな翳りの下、痛々しく傷ついた花芯は、僅かに触れるだけで鈍く疼いた。
そっと指を戻す。指先に僅かな粘液が絡み付いていた。それは、やや生臭い様な臭いがした。
「これは……」
彼女の体内に残された、戌彦のもの。
「嫌!」
嫌悪のあまり、慌てて指を拭う。
しかしその時、股間が再び疼く。それは、痛みとは違うもの。
「そんな……」
もう一度、そっと指を這わす。
恐る恐る触れたそこは、確かに潤みを帯びていた。
「あっ……」
赤面し、頭を振る。
「こんな事……」
もう一度、そっと触れてみる。痛む場所を避け、そっと撫でる。と、指先が花芯の上にひっそりと隠れた肉芽に触れた。
「んッ!」
一瞬、快感が彼女の背筋を駆け上がった。
「あの時も……」
もう一度。
ぞくりと背筋を振るわす。
犯された時に弄ばれた所。苦痛に苛まれる彼女に快感を与えた場所。
普段は全く意識しない所を、何度も擦る。
「駄目……」
そう思いながらも、指を止める事が出来ない。
「戌彦……」
彼に寄せていた、仄かな想い。
彼の胸に抱かれる事を、自分は望んでいた。
しかし、あんな形で……
涙がこぼれる。しかし、指は止まらない。
余った手を胸に忍ばせ、乳房を弄る。
「戌彦……戌彦……あぁ……」
堪えきれぬ声が、唇から漏れる。
あの時感じた痛みと快感を追い求め、その指の動きは激しさを増す。
「あっ……あくっ! ふぁあっ……」
がくがくと、身体が震える。
背筋を快感の塊が駆け上がり……
「〜〜〜!!」
一瞬彼女は身体を硬直させ、頽れた。
「あ……」
布団の上で、呆然と喘ぐ。
初めての絶頂に、彼女は戸惑いと恐れを隠せなかった。
乱れた着衣を正そうとし、秘所を弄んでいた手がぐっしょり濡れている事に気付いた。
「そんな……」
自分はなんて淫らな事を……
背徳の行為をしたのではないかという恐れに、彼女は小さな身体を震わせた。
その時何者かの足音が、彼女の部屋に近付いてきた。
慌てて身繕いをし、布団を被る。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、そっと障子が開いた。
「綾女……」
遠慮がちな声。彼女の母、志摩のものだ。
「あっ……は、母上!?」
「落ち着きましたか、綾女……」
彼女を気遣う、優し気な声。しかし、その声には僅かな疲労の影が落ちる。
「あ……」
少しやつれた母親の顔を見、彼女は心を痛めた。
辛いのは、自分だけではないのだ。
しかも、自分はと言えば、あんな淫らな行為を……
内心、自分を責めた。
「大丈夫です。それより、母上こそ……」
睦まじい夫婦であった両親。夫を失った彼女の哀しみは、いかほどのものか……
彼女はそっと涙をこぼす。
「綾女こそ……目の前で父上を討たれて、さぞ辛かったでしょう」
母の手が、そっと綾女を抱き締める。彼女はその胸にすがって泣いた。まるで、幼子の様に……
暫し後、ようやく泣き止んだ彼女は、母の手で布団に寝かされた。
「さあ、おやすみなさい。明日はまた、忙しくなりますから……」
母の優しい微笑みが、彼女の心に染み入る。
そして、彼女の頭を撫でると、部屋を出て行こうとした。
「あ、母上……」
一瞬悩んだ後、綾女は彼女を呼び止める。
「どうしたのです?」
志摩は怪訝な顔で彼女を見る。
「あの……」
一瞬口ごもった後、
「見たのです、下手人の顔を……」
「……誰です? 見知った顔ですか?」
志摩は、奇妙な程静かな声で問う。
「戌彦、でした……」
「戌彦? 戌彦なら、そのときは屋敷にいましたわ。あなたがなかなか戻ってこないので、戌彦と表に出て行ったら、斬られた繁正様とあなたを見つけたのです。戌彦にはまだ曲者がこの辺りにいないか見に行かせ、私はあなたを屋敷に担ぎ込みました」
志摩の答えは意外なものであった。
「そんな……」
呆然と彼女を見る。
「良く似た男だったのでは?」
「そう……なのでしょうか……」
流石に至近距離で顔を見たとは言い出せず、言葉を濁した。
「後で、調べておきましょう」
志摩は綾女を安心させる様に微笑む。
「この事は、誰にも言ってはいけませんよ」
志摩はそう念を押すと、彼女の肩を抱いた。
「母上……」
再びその胸に顔を埋める。
「!」
その時、先刻は気付かなかった、嗅ぎ覚えのある臭いが微かに彼女の鼻孔を突く。
それは、彼女の中に残された、男のモノの臭いと同じものであった……
志摩は、身を硬くした綾女に気付いたのか気付かぬのか、そっと離れる。
「さあ、今日はお休みなさい。明日から少し、忙しくなるから……」
そう言いおいて、部屋を出て行った。
「今のは、まさか……」
綾女は彼女の後ろ姿を目で追いつつ、呆然と呟いた……