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置き土産は突然に1
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休日に洗車を終えて帰ってくると、玄関の扉の前で屈みこむ人影があった。
「あれ、おかえり」
その人影が長村に気づいて立ち上がった。
百瀬の友人である香芝だ。
どうりでマンションの前に目隠しが施されたそれっぽい高級国産車があったわけだ。
「なにか落としたんですか?」
不自然に屈みこんでいた姿に問いかければ、嫌な予感がするくらい
楽しげに笑った香芝が首を横に振りながら手を差し出してくる。
「鍵を閉めたから郵便受けにでも返却しようと思って。でもオミ君がきたから
オミ君に返すよ。裕也に返しておいて」
手を差し出すとその手の中に百瀬のものであるキーケースが落とされる。
頭の中は疑問符でいっぱいだ。
「裕也、いませんでしたか?」
長村が出かけた時には風呂に入っていたし、出かけたのはほんの30分程だ。
それに不在なのに何故香芝が鍵を持っているのか。
車の鍵も家の鍵も持たずに百瀬はどこにいったのか。
香芝は無人の家に果たしてどんな用があったのか。
わからないことだらけの長村の状況を察してくれたらしい香芝がふふっと
いたずらっぽく目を細めて笑った。
「裕也なら家で旦那様の帰りを今か今かと嫌がりながら、でも待たずには
いられないって感じで待ってるよ。だから、早くいってあげな。……据膳のところに」
低く耳元で囁かれた最後の言葉に驚くと、そんな長村に満足そうな表情を浮かべた
香芝は去っていってしまった。
相変わらず自由な人だと苦笑すると、長村は渡された鍵で玄関を開け中へと入った。


(あのボケが……)
心の中に恨み節が溢れている。
友人がいきなり突撃訪問をしてきたのは恋人が出かけてすぐの30分程前のことだ。
それから怒涛のような攻防を繰り広げ、今に至る。
百瀬はベッドに背を預けた状態で床に座ったまま改めて己の姿を見下ろした。
そしてすぐにまた天井に視線を逃がした。
そのくらい直視し難い状況にある。
床には百瀬が風呂上がりに着ていた衣類…といっても下だけだが、
それが見事に脱ぎ散らかしてある。
いや、厳密には脱がされて散らかされたのだ。
百瀬が自ら脱いだわけでは決してない。
何度目かわからない溜息が漏れる。
昔からの友人がよくわからないことを言い出すことも、突飛なことを試みることも、
破天荒に生きることも今に始まったことではない。
だが、これは一体なんなのか。
百瀬はぐったりとベッドに顔を埋めた。
脚がまるでなにも履いていないかのようにすかすかして居心地が悪い。
下着はいつもとは違う締め付けで落ち着かない。
それもそうだろう。何故なら百瀬は今、いわゆる女装を強いられている状態なのだ。
意味不明な友人は自分がしてみて楽しかったからとなんの冗談か
女装セット一式を持ってきた。
そして、百瀬に着せた。
無論その結果に至るまでの間に抵抗はしたのだが、
腕っ節では絶対に勝てるはずなのに、結果として負けた。
香芝の頼み込むような上目遣いに一瞬気を抜いた瞬間に、手は後ろで
拘束されていた。そして脱がされた。
当然着る時には一度手は解放されたのだが結果は同じだった。
香芝に縋られるとつい甘くなる自分がなにより恨めしい。
結果、出来上がったのはOL姿の百瀬だ。
香芝は女教師だと言い張ったが、百瀬にはその違いはわからない。
どちらにしろ、女物のスーツ姿の自分が出来上がった結果に変わりはない。
タイトスカートとセットになった黒スーツは、やや堅苦しいほどに定番だ。
リクルートスーツかというほどに遊び心がない。
その代わり、中に着ているキャミソールは光沢のある紺碧だ。
サテンかなにかなのか、てろてろしていてこれはアウターとして
見せられるものなのかあやしいほどだ。
首元には明らかに女物とわかるネックレスまでつけられ、どこまで力を入れるんだと
呆れ果てた。
おまけに、爪にまで深い紫のラメネイルチップをつけていった。
寒気がすることに爪のサイズはぴったりだ。
その理由は敢えて深く考えないことにして思考から捨て去る。
動く度にオニキスのはめこまれた長方形の小さなヘッドが肌に触れて邪魔臭い。
何よりそろそろなれない姿に身体が疲れてきた。
姿というより、とらされている体勢にと言ったほうがいいかもしれない。
あのどうしようもない友人は、百瀬の着せ替えが終わると、本格的に百瀬を
縛りにかかった。いわく、自由が利いたら脱いでしまうからということだが、
それにしてもこれはやりすぎだ。
どこの世界に友人を緊縛していく男がいるのだろう。
世界中を探しても香芝くらいなものだとつくづく思う。
右手と右足、左手と左足をそれぞれ一緒くたに縛られ、自由は殆ど利きはしない。
かろうじて足は閉じられるからいいものの、開かされた姿勢をとらされていたら
完全に正面からはスカートの中が覗けてしまう。
香芝の謎のこだわりから黒ストッキングを履かされたために多少見難いだろうが、
きっちりと下着まで女性物にされている。
どうしてあの時殴ってでも止めなかったのかが悔やまれる。
何故だかこんな格好なのにキャミソールの派手さとは裏腹に、
ブラジャーとショーツだけは淡いピンク色のセットだった。
ももちゃんだから桃色、と寒いことを楽しそうに言われたときは、
得意げに立てられたその人差し指をへし折ってやりたくなった。
最終的に、犬のボルゾイを連想させる毛先にいくにつれパーマがかかっている
カツラをつけられ、それをアップにまとめられ、どこが女教師なのか
問いただしたい姿が完成した。
ご丁寧にピンヒールのパンプスまではかせ、香芝は役目は終えたとばかりに
爽快感を露にるんるんと帰っていった。
台風だってこれほど傍迷惑ではない。
残業を月に130時間した後くらいの疲労感をものの30分でつくっていった友人に
深く深く溜息をついて心の中で年若い恋人を呼ぶ。
(忠臣……洗車とか来週でもいいから早く帰って来い………)
こんな姿は見られたくないが、帰ってきてくれないとずっとこのままだ。
それはご免蒙りたい。
見られたくはないが、早く帰ってきて欲しい。
こんな葛藤に苦しむのも香芝の所為だと心の奥底で毒づくと、扉の方から
小さな物音が聞こえた。ようやく帰ってきたらしい。
こんな姿を見たら長村はどう思うのか。
きっと、こんな姿になった百瀬よりもよほど驚き、動揺するのだろう。
そう思うと年下の恋人は可愛くて、百瀬はいつの間にかいつもの余裕を
取り戻していた。
腹を括れば図太い。
それが百瀬だった。

   

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