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患いの恋1
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淡い灯りしかない薄暗い部屋。
百瀬は微かな雨音にすら縋りつくかのように、ゆっくりと意識を覚醒させた。
藁よりも頼りない静かな音に暫し耳を傾け、なにを思うわけでも考えるわけでもなく、ただ夢が終わったのだとそれだけを受け止めていた。
先ほどまでみていた夢に引きずられているかのように目覚めたての意識は鈍く、ここが恋人と暮らす自らの家だと気づくのにすら数秒の時間を要した。
悪い夢を見たものだと、百瀬は静かに身体を起こしながら嘆息した。
隣で寝息を立てている恋人を横目で見遣り、しょうもなさにまた嘆きたくなる。
なんともすっきりしない目覚めだ。
悪い夢だとは思うが、悪夢かと問われたならばどうにもそれは違う気がした。
面倒臭い夢であり、しょうもない夢。
それ故に、ただ呆れ、うんざりと溜息をつくことしかできない。
恐れているわけでもなく、嫌ということもいまとなってはもはやなく、ただただ、ひたすらに悪い夢だった。
昔の男の夢など、煮ても焼いても食えたものではない。
強制的にみせられるその思い出話を嫌だと思わない程度にはふっきれている。
だからこそ、なんでまたという思いが強い。
そして、妙なさめ方をした眠りは戻ってくる気配すらなく。
「…………面倒臭ぇな」
うんざりと小さく零し、眠る恋人を起こさぬように寝室を出る。
そうしてまた百瀬は困った。
時刻はまだ夜中の1時。
抱き合った時間が早かった所為で期待したような時刻ではなかった。
眠らず待つには朝が遠い。
かといって一人で酒を飲む気分でもない。
「恋人といてくれるなよ」
呟き、手に取ったのは携帯電話。
いま何時だなどと非常識さを今更気にする相手でもない。
それでもひとしきり文句は聞いた後で急ごしらえに承諾を得て着替えを済ます。
一度だけ寝室を振り返り、己の勝手さにほんの僅かにだけ申し訳なくなりながらも残したのは『飲みに行ってくる』のメモ書きひとつ。
百瀬と違い常識のど真ん中にいるような恋人は心配し、呆れ、落ち込むのだろう。
悪いと思いながらそれ以上に思うことは、いつからあんな品行方正を形にしたような人間と付き合うような人間になったのかという、これまたしょうもない疑問だった。
つくづくあらゆることがどうにもしがたい方向に傾いていた。
恋人にだけはこんなときにはなにも話せないのだ。
仕方がないのだと、今度の申し訳なさは痛みが伴っていた。




「今日、綾は?」
おしかけた友人の家で、百瀬は腐れ縁である高峰に問いかけた。
「出張中だ」
どうやら起きていたらしい高峰は、Tシャツにイージーパンツという楽な姿で文句を言いながらも百瀬のために酒を用意してくれる。
「それはよかった。いたら混ざらないといけないところだった。あー、でもそれだといなくて残念、か?」
「帰るか?」
「いま来たところだっつーの」
くだらないやりとりをしながら家から持参したつまみをリビングのテーブルに広げていく。
酒とつまみが出揃うと、とりあえずなににかはわからないままに乾杯し、ビールを呷る。
もやもやしたときにビールの喉越しはわかりやすくていい。
一息つくと、それを待っていたのか高峰が口を開いた。
「こんな時間に酒を飲んで男でも漁りに行くのか」
本気でそうは思っていないだろうが、含みのある言葉だった。
思い当たることはある。
身体のラインを強調しまくったスリムジーンズにタイトなシルエットなシャツ。
それ自体は百瀬の標準的な組み合わせではあるのだが、その中に腐れ縁だからこそわかるような媚を見つけたのだろう。
デザインやちょっとしたところが、さりげないながらに『それ仕様』なのだ。
悪友の家に飲みにくるには気合が入りすぎだといいたいのだろう。
加えて、最近ではすっかり珍しくなった唐突な深夜の押しかけだ。
なにかあると思って当然だろう。
「いや。だけど久しぶりにビッチな気分ではあるな」
「いつもだろう」
「あいつにだけは」
恋人に対していつもお盛んなのは否定しない。
しかし、今日は違う。
誰となにをしたいわけでもないし実行にうつすつもりはさらさらないが、どうにもあばずれた気分なのだ。
荒んでいるだとか腐っているだとか、はたまた自棄になっているのか。
とにかくすっきりしない。
恋人と住むようになってからはめっきりなくなった感覚だった。
「なんでいまになって昔の男とヤってる夢なんてみるんだろうな。しかも、あいつの横で寝ていてだぞ?」
「俺が知るわけがない。そんな理由で来たのか?」
「酒飲みたくなったからな」
「そういうところは相変わらずだな。まぁ、特に意味はないんじゃないのか。続けてみるなら別だが」
「続いて欲しくねぇなぁ。いま思うと、俺はあいつのなにに惹かれたんだろうな」
好みだっただろうかと思い返し、否が返るポイントがいくつも浮かぶ。
同時に常々頭の中にある疑問が浮かんでしまい、それはそのまま口から漏れた。
「……なんであんなんだった俺が付き合ってるのが忠臣なんだろうな」
呟きに高峰はなにも言わなかった。
ちびりと酒に口をつけ、百瀬は特に執着もなくなった過去に思考を向けた。

   

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