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患いの恋9
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「怒鳴ったりして悪かった。完全に八つ当たりだな。仕事も気をつけ……」
「裕也?」
なんとか表情を取り繕ったのに、それはまた一瞬にして崩れ去った。
訝しむ高峰の声も百瀬には聞こえてはいなかった。
携帯電話が振動している。
ただそれだけのことに驚くほどに身体が緊張していた。
「悪い。ちょっと……」
確証などない。
だが、不思議と予感があった。
蓮沼からだ。
そんな気がしてならなくて、高峰に背を向けると携帯電話を取り出した。
手のひらにじわりと嫌な汗が滲む。
鼓動が速いのにやけに身体は冷えていた。
震えそうになる指で携帯電話を操作し、メールボックスを開く。
呼吸が止まった。
涙が溢れるかと思った。
待ち望んでいた蓮沼からのメールに携帯電話を握り締める。
予感の的中に愚かなことに運命的なものすら感じてしまう。
突き刺さる高峰の視線ももはや気にならなかった。
はやる感情を抑え込み、メールを開く。
用件は短かった。
そして、それは百瀬に決断を迫るような内容だった。
試されているのかもしれない。
そう思った。
『いまから来い。今日は家にいれてやる』
それは初めてのことだった。
メールの最後には蓮沼の自宅と思われる住所が記載されていた。
いままで家に招かれたことなど一度もない。
蓮沼のプライベートに踏み込むなど許されていなかった。
行きたい。
しかし、いまは仕事中だ。
だが、蓮沼はいまから来いと言っている。
断ればどうなるか。
百瀬は携帯電話を軋みそうなほど握りしめて考え込んだ。
行くか行かぬかを迷っているわけではなかった。
傍らで怪訝そうにしている高峰を見やれば、高峰は思い詰めた表情をしている百瀬になにかは察しているようだった。
「……連絡がきたのか?」
「いや……違う」
咄嗟に嘘をついた。
高峰の眉間に皺が刻まれるのを見届けながら、携帯電話をしまいこむ。
悟られぬように短く息を吸い込み、百瀬は高峰から視線を外した。
そして、逃げるように背を向けた。
午前の業務が終了したことを知らせるチャイムの音が沈黙を気まずくする。
「……すまないが、帰る。気分が悪い……」
「お前……っ!」
顔を背けたままに去ろうとした百瀬を高峰は許さなかった。
手首を痛いほどに掴まれる。
その痛みは高峰の思いの強さだけ骨を軋ませた。
行かせまいとする高峰の気持ちを有り難いと思いながら、同時に疎ましいとも思ってしまう。
そんな自分がたまらなく嫌だった。
「なにを言っているのかわかっているのか!?」
「わかってる。体調が悪いから帰るだけだ」
「ふざけるな!」
今度は高峰が声を荒らげた。
予想していた怒りに、百瀬は静かに顔を上げた。
こんな容易い嘘が見抜けない男ではない。
それ以前に、そんなに関係は浅くない。
高峰の方が辛そうな顔をしていて胸が痛んだ。
「いい加減に目を覚ませ。その恋はお前のためにならない。お前の勝手だと、口を出す権利はないと放っておいたが……お前は、仕事すらないがしろにするのか?それでいいのか?」
何万回と自らに語りかけた問いの答えはもうすでに出ていた。
「……構わない」
「裕也!」
なおも言い募る高峰に、緩く首を振る。
申し訳ないと思わないわけではない。
それでも百瀬には自力で答えを修正できない。
高峰の言葉に胸が痛むのは、百瀬自身が自らの中に変えられない答えが確固として存在していることを知っているからだ。
忠告は確かに有り難いが、百瀬は従わない。
だからこそ、勝手をしていることに、高峰の心を踏みにじることに胸が痛むのだ。
「……全てを捨てても、望まれたなら行く。ごめんな、峰。それでたとえなにも残らなかったとしても……俺は、あの人といる時間がなにより大切なんだ」
僅かに手を持ち上げれば、振り払うまでもなく手は離れた。
「見捨ててくれ」
こんな無責任で最低な男を友人にするには高峰はいい人間すぎる。
相応しくない。
「…………ありがとう」
去り際の言葉に、高峰はなにも言わずただ深く息を吐いただけだった。

   

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