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セイショウネンと欲塵1
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安っぽいベッドが軋んだ音を立てた。
その音に重坂が振り返ると、ようやく余韻から抜け出したらしい百瀬が上半身を
起こしていた。
白いカーテンに四方を遮られた保健室のベッドのひとつで、学び舎に相応しくない
不健全な吐息を零した百瀬が学生服のシャツを羽織る。
だがまだ身体に熱が残るのか前は空けたままだ。
「水くれ」
行為が始まる前に重坂が飲んでいたことを記憶しているのだろう。
静かな声とともに手が向けられる。
細すぎるほどに細い典型的な少年の身体は纏う雰囲気だけが不似合いに妖艶だ。
見上げてくる視線も高校生という年齢では持ちようがないほどに翳を潜ませていた。
過去のある高校生など多くいる。
だが、こうまでその翳を肯定して生きる高校生は少ない。
自棄になっているわけではないが、危うさはあった。
そしてその危うさを意識的に魅せることができる手管を持つことがなによりも
高校生らしくない。
ミネラルウォーターのペットボトルを手渡すと、ベッドの端に座っている重坂に
背を向ける形で百瀬もまた逆側の端に座りなおした。
「下くらい穿いたらどうだ」
シャツを羽織っただけの姿に視線を戻しながら告げれば、百瀬は気にした様子もない。
前を閉じるわけでもなく、ただ小さく笑う気配がした。
「今更恥らう間柄か?お前はもう俺の身体で知らないところなんてないのに
なにが恥ずかしいんだ?」
それは通常受身になっている側の言葉ではないだろうと呆れるばかりだ。
「恥ずかしいわけではない。見苦しいだけだ」
「お前は見苦しい相手に勃つのか?趣味の悪いことだ」
ペットボトルの水を飲み干した百瀬が空のペットボトルをこちらに放って寄越した。
全く減らず口をと思うものの、こんなやり取りは嫌いではない。
それは百瀬も同じなのだろう。
入学したときから同じクラスに在籍していたクラスメート。
急激にその距離が近づいたのはいつからだったのか。
切欠はほんの些細なことだったように思う。
記憶の始まりに残る百瀬は入学式の日の百瀬だ。
初めてその瞳を見たときからなにか感じるものはあった。
だがそれだけだった。特別にかかわりを持とうと思うほどではなく、
かといって無視するわけでもなく日々は過ぎていった。
急激に変化した関係からもう数ヶ月が経とうとしている。
それこそどうでもいい人間を引き込んで百瀬との関係は続けられ、
どうでもいい人間を切り捨てた後でもまだ時折こんな時間が二人の間にはある。
ふらっと百瀬が重坂のもとを訪れ、親しさなど求めていない二人は
それが自然かのように行為に及ぶ。むしろ性行為しか二人の間にはない。
不可解な関係といえばそれまでだが百瀬にも異論はないようなので
まだ暫くこの関係は続いていきそうだ。
「ベッドが煩いと集中できないな」
不意に百瀬が呟いた。
ようやくその手が制服のズボンへと伸びる。
「その割にはしっかりと溺れていたようだが」
百瀬が男に抱かれるようになって僅か数ヶ月。
されどこの男は初めてのその日から快楽を吸収し続け、今では貪欲にその悦を
喰らうようになった。
今はもう重坂だけを相手にしているわけではない。
どこかで奔放に遊んでいるようだ。
それでも時折欲しくなったと甘さなど全くない誘いをかけてくる。
最中の乱れっぷりなど日常には持ち込まない百瀬がベルトを締めながら肩を竦めた。
「重坂は上手いから安心できる。下手な相手だと気が気ではなくてそれどころでは
ないからな。気持ちよくしてもらえたなら素直に溺れるのはマナーだろう」
「そんなマナーがあるとは知らなかった」
「今つくったんだ」
適当なことを返してくる百瀬がようやくシャツのボタンもはめる。
そして後ろに手をつくと足を組む。
「今何時だ」
問われ、腕を伸ばして手首にはまった時計を見せてやると百瀬が溜息を吐いた。
「そろそろ飯くれお化けが出る頃か」
その声が少しだけ和らぐ。
こんな関係になることがなければ気づくことがなかったほどに微かな変化。
それでもそこにある深い愛情を感じ取り百瀬の顔を見遣る。
時計から顔を上げた百瀬が怪訝に眉を寄せた。
「なんだ」
「いや、相変わらずあれとは仲が良いと思っただけだ」
「静貴?まぁ、住み着いているくらいだからな」
仲が良いと言われてすぐにその存在を思いつく程度には交友は深いようだ。
香芝静貴。
百瀬とほぼ一緒に住んでいるその少年は、重坂とは百瀬ほどの交友はない。
少なくとも、つい先日まではそうだった。
百瀬と同じ危うさを持ち、だが百瀬などよりもずっと脆くみえる少年を思い出し、
今度は重坂が溜息を吐いた。
交友関係がクラスメートであること以上にはなかった香芝の、
学校では見ることのない側面を重坂は知ってしまった。
ふと、百瀬はそれを知っているのだろうかと気になった。
なんらかの理由があり一人暮らしをしている百瀬の家に住み着く香芝もまた
訳有りの少年だ。
何かが著しく欠損している少年二人は本質が本当によく似ていたし、
当人たちも互いの存在を過剰なほどに必要としている。
香芝は高校生という若さでよりにもよって暴力団と繋がっている。
それも最も繋がってはいけない相手と繋がってしまっている。
百瀬はそれを知っているのか。
知っているとすればそれをどう受け止めているのだろう。
「おい」
思慮に耽っていると、唐突に声がかけられた。

   

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