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セイショウネンと欲塵2
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ぎしっとベッドが鳴き、こちらに身体を向けた百瀬が真下から覗き込んでくる。
茶色く気の強い瞳がしっとりと瞬く。
「急に黙るなよ」
肉体関係を持ちながらも会話が多いわけではない二人の間にある沈黙を
嫌う理由は、それが香芝の話題のあとにあったからだろう。
どこまで猫可愛がりをしているのかと思えば思わず笑ってしまった。
「そんなにあいつが心配か?」
含みのある言葉に気づかぬほど愚かな百瀬ではない。
まるで確認するかのような言葉が返る。
「重坂と静貴に接点があったとは知らなかった。お前、あいつにも手を
出しているんじゃないだろうな」
学校以外での接点などなかった香芝との関係が変わっていることを、
百瀬はもう見抜いていた。
その確認はどうやら本気で疑っているわけではなく、念のために確認した程度の
ことのようだ。
しかし手を出したらどうなるか牽制する程度の毒は孕んでいた。
百瀬と争う気など露ほどにもない重坂は否定を返した。
「生憎とそんな興味はない。……今後もそんな興味は抱かない」
正確に言葉を使うのであれば、抱けないのだ。
香芝はもう重坂が手を出せる存在ではなくなった。
元よりそのつもりはなかったのだが、それはもう今では確定した現実だ。
当然のように百瀬は訝しんだ。
香芝とは違い、百瀬は重坂が暴力団関係者であることを知らない。
しかし予想外にも百瀬は少しだけ考える素振りを見せた後に、
納得したように身体を戻した。
そしてさらさらと揺れる柔らかな髪を掻きあげ、つまらなさそうに見解を口にした。
「お前の性格を考えれば静貴相手に遠慮はしないだろう。どう考えても静貴の方が
格下で、なおかつ反撃するほどの力もない。そうなるとあいつの価値がお前の中で
上がったか、なにかの要素が加わったか。あいつ自身の価値が上がることなど
おきてはいないだろうから、付加価値か。あいつに最近できた付加価値でお前が
手を出せなくなるといえば……お前も関係者?」
「相変わらず出来が良すぎる脳だ」
「褒められても試験で一度もお前を抜いたことがない俺にとっては皮肉にしか
感じられないが。それで、そうなのか?」
また足を組んだ百瀬が淡々と問いかけてくる。
そこから感情を読むことは難しい。
「そうだ」
返す言葉も淡々としたものだったが百瀬はそんなものでも満足したらしい。
暴力団関係だと明かしても驚きもしないところは流石の百瀬というところだろう。
無論、褒められた意味での評価ではない。
どうやら百瀬はこの年齢にしてそんな存在に抱かれることに戸惑いを
覚えるということを失くしてしまっているらしい。
「よく隠せるもんだな。学校の連中は誰も気づいていないだろう」
「色々と方法はある」
「そうなんだろうな。加えて、お前の脳の出来が良すぎるんだろう」
「百瀬」
興味なさそうな呟きに呼びかけると、百瀬が視線だけこちらを向けてくる。
諦念を傍らに置き続ける百瀬の視線は直視しがたく、その反面、
ずっと覗き込んでいたいという矛盾を孕むほどに澄んでいた。
「お前はそれでいいのか」
香芝がどんな状態にあるのか知っている百瀬。
長い睫毛が揺れ、再び視線が重なった。
香芝とは違う、揺らがないその強さ。
脆さを自覚しているからこそこの少年は並大抵のことでは崩されない。
だがきっと崩れたときは耐えていた分だけ惨いものになるだろう。
大人びているだけで、百瀬は大人ではない。
大人の行為を繰り返しながらもその心は少年のままだ。
そんな百瀬は香芝をどう受け止めるのか。
もはや脆いだけではなくなった、抜けることのない毒に犯された友人に
なにを思うのか。
答えは単純なものだった。
「それでもあいつはあいつだろう」
割り切れないものを滲ませながらも何もかもを呑み込んだその声音に、
柄でもなく、その細い身体に腕を伸ばしたくなった。
だがそれは果たされることもなく意識的に屠られる想いだ。
肉体関係はあるが、勘違いすべきではないとわかっていた。
重坂もまたどれほど大人に囲まれ生きているとはいえ、大人ではない。
百瀬とこうなったという過ちも犯したほどだ。
それでも更に過ちを犯すつもりはない。
自分自身と似ている空気を持つこの少年の傍は居心地がいい。
されど、勘違いしてはいけない。
住む世界が違うのだ。引きずり込みたいとも思わなかった。
馴れ合いは良い結果をうまないことくらい重坂にもわかっていた。
勝手に堕ちてくるならばともかく引き込もうとは重坂には思えなかった。
「それなら俺はなにも言わない。どうせ、香芝はもう引き返さない」
引き返せないのではなく、自らの意志であの少年は己の立ち位置を定めた。
重坂よりも百瀬よりも先に、一番弱いだろう香芝が最もはやく自分のあるべき
場所を見つけた。
それが幸福な場所であるかなどわからないが、香芝はもうきっとその場所にしか
価値をおきたがらない。
そして同時期に香芝以外の者の策略により表出したもうひとつの香芝の本質。
踏み躙られるだけだった少年はその身体を巡る毒を引き出されてしまった。
きっと闇と交わらなければ本人すらも気づかずにいただろう悪質なその本質を
思い出せば苦笑が浮かんだ。
それを見てなにかを感じ取ったらしい百瀬が物憂げに立ち上がり、
カーテンを開いた。

      

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