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セイショウネンと欲塵4
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「馬鹿を言うなよ。俺は遊んでいても善良な青少年だぞ?」
その唇に浮かぶのは大人すらも取って食いそうな悪質な笑みだ。
細められた流し目はあまりにも物騒な光を宿して重坂を見つめていた。
「悪いがそっちに興味はないんだ。身体はくれてやったが、その誘いには乗らない」
「安心しろ。似合うと思っただけで誘うつもりはない」
「それは良かった。さて……飯くれお化けのところに帰るか」
まるでなにも疚しいことなどしていなかったかのように百瀬がごく普通の
高校生へと戻っていく。
だが不意に重坂の隣で足を止め、意味ありげに見上げてくる。
「どうした」
いつになく多弁な百瀬が意地悪く笑みを浮かべて肩を竦める。
「いや。あいつの傍にいることになるお前は並々ならぬ苦労をするんだと思ってな」
「苦労?」
「メダカの大量発生くらい目ではないだろうなぁ……」
なんのことだと問いかけても百瀬は笑うだけだ。
そしてさっさと歩いていってしまう。
一緒に帰宅する道理などない二人はいつだって気ままだ。
保健室を後にする間際に百瀬が愉快そうに振り返った。
「手のかかる奴だがよろしくな」
「お前は保護者か」
言葉を返したときには扉は閉まっていた。
全く本当に自由な奴だと苦笑を浮かべ、その好き勝手に我が侭なところが
心地良いのだと更に苦笑は濃くなる。
いくら正体を隠していても周りに溶け込もうとしない重坂には友人はいない。
穏やかに接してはいるから円滑に学生生活は送れてはいるが、それだけだ。
そしてそれは百瀬も香芝も同じだ。
どことなく周りのクラスメートとは纏うものが違う。
深く繋がる相手などいない。
その中で百瀬だけが違った。
挑発的に覗き込んでくるその瞳を見ることは楽しい。
手折って屈辱と恥辱を味わわせたものの、あの少年はそれすらも呑み込んで
また重坂を見返してくる。
そもそもダメージなど与えられてはいないのだろう。
確かに強姦という手段で奪った身体だ。
だが百瀬はその最中にすでに重坂を自ら誘うように変化を遂げていた。
そんなことでは傷つかないほどになにかが欠落している百瀬の心。
傷つかなかったから恨まれることもなかったのだろう。
「言われなくても助けてやる」
静かな部屋の中、呟きが誰にも聞かれることなく消えていく。
親しい者などいなかった心に深く入ってきた『初めての男』の願いくらい
きいてやるに吝かではなかった。
それに今では香芝への感情は変化している。
彼もまた重坂にとってはもうただの級友などではない。
毒々しいほどに清楚なその微笑みを思い出し、背筋が震えた。
彼もまた百瀬とは違う意味で『初めての男』だった。
どちらも恋愛感情などではない。
そう。きっとそれは百瀬が言うところの『自分なりに大切に思っている』という
曖昧な感情なのだろう。
敢えて名づけることを放棄した感情。
友人や恋人という枠に括ることをしない関係。
それぞれの思惑と野心が交差し、それはいつか明確なかたちを
形成していくことだろう。
この時間の果てにどんな未来を築くのかと思えば、日々の繰り返しだった時間が
少しは愉しめるものに変わる気がした。
少なくとも卒業までの僅かな時間はまだ百瀬との時間は続いていくのだろう。
重坂から誘うことはなくなった。
だがあの少年はまたふらっと重坂を誘うだろう。
渇きは癒せない。そんな関係ではない。
だが渇きは重ね合わせることで一瞬だけならば忘れることができる。
その渇きをあの少年に痛烈に自覚させたのは他ならぬ重坂だ。
大人びた少年は大人ではない。
知ってしまえば誰かに寄りかからずして生きられないのだろう。
器用に生きているようで幼いその精神がやけに可愛らしく感じた。
大人になるまでの僅かな猶予だと知って少年は過ちを繰り返す。
不意に頭に過ぎった願いはあまりにらしくなくて笑ってしまった。
すぐにその笑みをしまうと百瀬が消えた扉に手をかける。
(どうかしているな。あれの幸せを願うなんて……)
言われずとも香芝は守る。
では、百瀬は誰に守られるのか。
いつか守ってくれる存在ができればいいだなどと、重坂にしては酔狂な想いだ。
だが悪くはなった。
すぐそこに終わりが見えている刹那的な関係であったとしてもそれには
確かに意味はあった。
過ちから生まれたものまでもが過っているとは限らないものだという皮肉に
重坂はなんともいえない穏やかな感情を胸に宿しながら、
もう用はなくなった部屋を後にした。

   

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