マイメロちゃんとカノンちゃんと夢野一家と女神 

 マイメロちゃんが強い風さんに飛ばされて、聖域まで飛んできてしまったのを日本にお送りして以来、カノンちゃんは、夢野家に頻繁にお邪魔していました。
「マイメロちゃん、大好き。」
「マイメロもカノンさん大好きー。」
 2回目の訪問からは服装もまともになったカノンちゃんは、でも、よくよく見るとユニクロっぽい感じではありましたが、今日もマイメロちゃんに会いに来て、幸せそうに抱っこしてはうっとりと見つめています。
 時にはマイメロちゃんと一緒に商店街に買い物に行ったり、女ばかりの家の力仕事などをしてくれもするので、最初は多少不安もなくはありませんでしたが、歌ちゃんも、奏さんも琴ちゃんも、カノンちゃんを歓迎するようになっていました。
 奏さんが何であんな美形がぬいぐるみにめろめろなのかと勿体ながったり、駆くんが夢野家に出入りする男の人に懸念を感じたりもしていたようではありますが、そんなことには構わず、今日もカノンちゃんはマイメロちゃんに夢中です。
 そんな日々が続くある日のことです。
「あ、いらっしゃい、カノンさん。今マイメロ、お散歩に出かけてるんですよ。中で待ちますか?」
「ありがとうございます、では遠慮なく。」
 たまたまマイメロちゃんの不在中にやってきたカノンちゃんに、歌ちゃんは居間で待つように勧めました。
 そのうちに奏さんと琴ちゃんも帰宅し、4人で楽しくお話をしていると、仕事明けのお父さんが帰ってきたのです。
 カノンちゃんがお父さんの雅彦さんと会うのは、今日がはじめてのことでした
「初めまして、お邪魔しております。カノンと申します。」
「き、君は、うちの娘とどういう関係なのだね!」
 カノンちゃんはにこにこと御挨拶しましたが、しかし、娘大好きなお父さんは、それどころではありません。
 うろたえながらも厳しく、カノンちゃんに追求します。
 カノンちゃんはびっくり仰天、そして歌ちゃん達は、一生懸命お父さんにとりなそうとしていましたが。
「うちの娘は誰にもやらんぞ!」
「俺は、マイメロちゃんを真剣にお慕いしています!」
 カノンちゃんは一生懸命、お父さんに云い返しました。
「全力で大切にします。どうか、マイメロちゃんとのお付き合いをお許しください!」
 ザシャア!と豪快に土下座するカノンちゃんの姿に、雅彦さんは一瞬魂を抜かれてしまいました。
 簡単にいうと、ぽかーんです。
 カノンちゃんの目当てが自分の娘たちでなかったことには一安心ですが、その対象がぬいぐるみだというのは、これはむしろ、彼の為に心配になってしまいました。
「あー、いや……、マイメロはうちでお預かりしているだけであって、私の娘ではないから……。」
 それに、準娘のようなマイメロちゃんではありますが、彼女の御両親は雅彦さんではありません。勝手に許可を出す訳にもいかず、戸惑いながらそれをいうと、カノンちゃんもはっとした様子でした。
「そうですね。そちらにもきちんと、御挨拶をさせていただきに行かないと。――けれども、ぜひ貴公にも、お許しを頂かない訳には参りません。」
 顔をあげて、やわらかな笑みを浮かべる顔はとても美しく、それはそれはもう見惚れずにはいられないほどに美しいお顔でしたが、…………さて、どうしましょう?
 困る雅彦さんとカノンちゃんを見比べながら、歌ちゃんもお父さんと同じ気持ちで頭を抱えていました。
「ただいまー、お買い物行ってきたよぅー。」
 その時です。窓からふわふわと、傘をさしたマイメロちゃんが入ってきました。
「あ、マイメロちゃん、お帰りなさい!お邪魔してます。」
「わーい、カノンさんだー。いらっしゃーい。」
 マイメロちゃんが傘を閉じると、カノンちゃんはきらきら輝く笑顔で、マイメロちゃんを抱き上げました。
 それからまた、雅彦さんに真剣な顔を向けます。
「あー……、えーと、そのだね、……マイメロは、ええと、カノン君?のことをどう思っているんだい。」
 雅彦さんは悩みに悩んだ挙句、マイメロちゃんにタッチしました。
「マイメロ、カノンさんのこと、だーいすき。」
「俺もマイメロちゃんが大好き!」
 カノンちゃんがマイメロちゃんにほっぺを擦りつけると、マイメロちゃんはますます楽しそうにしています。
「……マイメロは、その人とお付き合いしてもいいとおもっているのかね?」
「おつきあい?ってなあに?」
 雅彦さんのおそるおそるの質問に、マイメロちゃんはきょとんとしてカノンちゃんを見ました。
 カノンちゃんはぽっと頬を染め、でも、とても男らしく、決めるべきところはきちんと決めました。
「マイメロちゃん。俺、マイメロちゃんがものすごく好き。だから、俺の恋人になってください。」
「はーい。いいよぉー。」
 堂々としたカノンちゃんの告白に、マイメロちゃんはあっさり元気にお返事します。
「ありがとう、マイメロちゃん!」
「えへへー。」
 幸せそうな2人の姿に、雅彦さんも、歌ちゃんも奏さんも琴ちゃんも、皆して気が遠くなります。
 台詞だけ聞いていれば、単なるバカップル。けれどもビジュアルを見てしまうと、それは、美しい外国の青年と、ピンクの頭巾のうさぎのぬいぐるみなのです。
 果てしなくシュールです。
「お父上。どうか、マイメロちゃんとの交際をお許しください。」
 カノンちゃんは改めて、雅彦さんに頭を下げます。
 ますます堂々とした男っぷりです。
「………………そのー……、えーと、節度は正しく守るように……。」
 何かもう雅彦さんは、力なくそう云うしかなかったのであります。
「はい!ありがとうございます。」
 カノンちゃんは元気よく、もう一度お辞儀をしました。
 その腕の中で、マイメロちゃんはとても可愛く笑っていました。



 その翌日です。
 歌ちゃんとマイメロちゃんが学校から帰ってくると、家の前に、大きな車が止まっていました。
「何だろう、お客様かな……。」
「先輩さんちの車より大きいねー。」
 びっくりしましたが、帰らない訳には行きませんので、近づいていきますと。
 運転席の扉が開いて、禿げ頭の大きな男の人が出てきました。
 その人はすぐに後ろの座席のドアを開き、そしてその中からは、髪の長い少女が出てきました。
「こんにちは。」
 微笑んで挨拶をしてくる少女は、歌ちゃんと同じくらいの年頃でしょうか。
 けれども一目で高級と判る服を着て、とても高貴な、品のある姿に、歌ちゃんはどきどきしてしまいました。
「私は、城戸沙織と申します。」
 少女は――沙織さんは、歌ちゃんに名刺を差し出しました。
「ごっ、御丁寧にっ。」
 焦りながら受け取ったその名刺には、『グラード財団総帥 城戸沙織』と書かれています。
 グラード財団と云えば、中学生の歌ちゃんでさえ知っている、ものすごい財閥でした。
「カノンの母代りのようなものです。」
「…………は?」
 けれど、続いた言葉に目が点です。
 自分と同じ年頃の少女が、多分自分の倍くらいの歳の男性に対していう言葉ではありません。
「カノンさんのお母さんなの? はじめまして、わたしはマイメロです。」
 けれど、歌ちゃんにだっこされているマイメロちゃんは、素直にその言葉を受け取りました。
 沙織さんも特にそれを訂正はしません。だって女神は、聖闘士皆のお母さんのようなものなのです。特にカノンちゃんのことは、沙織さんは大事に可愛がっています。
「あなたがマイメロさんですね。うちのカノンがお世話になっております。カノンがマイメロさんと御交際させていただくことになったと聞きまして、マイメロさんとおうちの方に、ぜひ御挨拶させていただかなくてはと伺いましたの。お時間を少々いただいてもよろしいでしょうか。」
「は、ははははははい!」
 そして歌ちゃんは、沙織さんを中にお連れし、その直後に帰ってきてしまった奏さん、琴ちゃん共々、ものすごく丁寧な御挨拶を受けることになったのでした。
 マイメロちゃんのお出しした紅茶とケーキは、沙織さんにもとても好評でした。
 
2010/01/18 






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