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それ以来、サンジとゾロはべったりなので、自然と御役御免になったナミとウソップは、暇になった者同士、比較的一緒にいるようになった。 恋人になったはいいが、しかしそれでもやっぱり、サンジとゾロは喧嘩をしていたりする。 ナミは喧嘩の後でいつも悲しそうにしていたゾロを慰め続けてきたし、ウソップの方も、落ち込んでいるサンジの側にいたのだが。 サンジの蹴りを、ゾロの刀が受け止める。 とは云っても、以前より随分と楽しそうにやりあっているので、ナミもウソップも、気楽に眺めていた。 「何かさぁ……、今おれあいつら絵に描いたら、背景はピンク色に塗るね。って感じだな。」 「じゃあ私はそこに、赤でハートマーク描き足してあげるわ。」 少し離れたところで二人を眺めながら、ウソップとナミは、うんざり半分の会話を交わす。 もう半分の半分くらいは、良かったなあという気持ちがまだやはり強いが。 そして残る半分の半分は、ウソップはサニーに傷が付きそうになったら止めに行かないとと思っていて、そしてナミは、何だかもやもやとした気持ちが胸の奥に燻っていることの不満だった。 「サンジくんのあの幸せ面見てると、何かむかつかない?」 「ナミー。終わり良ければ全てよしだろ。それじゃ駄目か?」 サンジがウソップに相談していたのが、ナミも最近、ますます良く判るようになった。ウソップにはどんなことでも、とても話しやすい。一緒に一生懸命考えて、はげまそうとしてくれるのが良く判る。 それでナミも、微妙な鬱屈をウソップに訴えたりしていたのである。 ゾロがサンジと目出度く結ばれたことはナミだってもちろん嬉しい。サンジはあれから毎日、嬉しそうにゾロを構い倒しているし、正面から優しさを向けている。 ゾロの方だって、照れながらも心底幸せそうにサンジに付きまとい、肩の力が抜けまくっているのだが。 あんなに悩んで苦しんで、涙さえ流していたのに、もうすっかりそんなことを忘れきったような幸せぶりと気の抜け加減が、どうにもナミは気に入らないようだった。 ウソップのいう言葉も確かに納得はできるのだが、もう随分長い間、ゾロの苦悩を間近で見つめ、受け止めてきたナミとしては、あまりにあっさり解決しすぎて、拍子抜けまくりすぎているのかもしれない。 これもまあ確かに、贅沢な愚痴ではあると自覚してはいるのだけれども。 「ナミは優しいな。」 「……はあ!?」 ウソップが突然そんなことを云いだしたので、ナミは驚きつつも頬を赤くしてしまった。 「それだけ、ゾロに親身になってたってことだろ。だからその分、それまでの悩みに見合った、ドラマチックな完結とか期待しちまってたんじゃねえかな。でもほら、サンジもゾロも、基本は単純だしさ。気持ちぶつけあったら実は両想いで、幸せのあまり今までのあれこれは吹っ飛んじまったんだろ。」 「……そうかも。」 ため息をつくナミの頭を、ウソップはぽんぽんと撫でた。 「どうせまた、おれらの出番もあるさ。今は桃色気分かもしれねえけど、あいつら、元が元だもん。そのうちきっと痴話喧嘩したりして、ナミのこと頼ってくるって。」 「それは……あんまり……、嬉しくないかも。」 「とか云いながら、笑ってんぞ、ナミ。」 「う、うるさいわよ!」 ナミはウソップの手を頭上から払い落す。 ウソップはけらけらと笑い、ナミは赤くなって膨れていた。
ナミは女だが、女の子が好きだ。 男が嫌いだからではなくて、ふと気が付いたらむらむらするのは女に対してだけだったと、単なる性嗜好の問題である。 サンジにゾロが恋をしてさえいなければ、一度じっくりと深く濃厚に、可愛い女の子について熱く話を繰り広げてみたかったなあと、そんな気持ちもこっそり持っていたくらいだ。 ところで、ウソップが云ったように、ゾロは時々サンジと本気の喧嘩をしてはナミに泣き付いてくるようになった。そんなゾロをナミはもちろん慰めてやるのだが、そのはげましとはあまり関係がなさげな様子で、一発やったら仲直りできた。とか、けろっと報告してきたりする。サンジは男はゾロが初めての筈なのだが、大変にお上手らしい。あいつ、すげえんだ。とか、うっとりと呟かれても非常に困る。 困る、筈なのだが。 何故かナミは、たまにうっかり、それが羨ましい。 そういう気持ちになる時、何故かナミは、ウソップのことを考えている。 ウソップに探りを入れてみたところでは、さすがに彼は、サンジがゾロとの行為についてを語ろうとしてくると、謹んで御遠慮申し上げている。とは云っていたが。 そう、ウソップは、ノンケの男だ。 それでも、サンジがゾロに恋をしたのを応援し、ゾロがゲイだと知っても一瞬驚いただけで受け止め、ナミについても同じことである。 いつもの、あの二人に対する愚痴だって、普通ならばゾロかサンジのどちらかに気があるのではないかと思われ兼ねないところだが、ウソップはナミのことをきちんと理解して、そういう誤解は全くしないでくれている。 臆病者だが、度量は大きい男なのだ。 なのに何故かナミは、それが少々もどかしい。 ウソップは男だから、やわらかな肌も、ふくよかな胸も、艶めかしいラインも何も持っていないのに。 どうしてだろう。何故かナミは、ウソップのことが気になってしまうのだ。
特に何かがきっかけになったとは思わない。 けれども、ナミはいつものようにウソップと話していて、突然のように、自分の気持ちを確信してしまったのだ。 私は、ウソップが好きだ。 ――――どうしよう。男に惚れちゃった。変態になっちゃった! 「う……、うわあぁーん!」 「え、な、ナミ!?」 ナミがいきなり泣きだしたので、ウソップはびっくり仰天である。 今日も呑気にいちゃついているサンジとゾロを眺めながら、特に内容もないような話をしていただけだったのに、どこにナミが泣きだすポイントがあったのか、全く判らない。 「ナミ、どうした!」 「ウソップてめえ、ナミさんに何しやがった!」 不穏な気配を察したゾロとサンジが、恐ろしい形相ですっ飛んできた。 「ええっ、おれ知らねえ、何もしてねえよっ!」 「あのナミさんがちょっとやそっとのことで泣く筈ねえだろ!」 サンジに胸ぐらをつかまれたウソップが必死に否定している間に、ゾロはナミに駆け寄り、かばうように腕を伸ばしたのだが。 「いやっ。」 ゾロの手を、ナミは払い飛ばした。 大きくしゃくりあげたナミは、片手で目を擦りながら、サンジの方へと腕を伸ばす。 「サンジくんがいいー……。」 「えええっ、は、はいっ。」 指名されたサンジは、しかし光栄だとめろめろすることもなく、むしろ盛大にうろたえながらナミに近寄った。 「あ、あの、ナミさん……。」 「サンジくんーっ、ごめんね、ごめんねえ……。」 ナミに伸ばした手を泳がせていたサンジに、ナミは自分からしがみついていく。 「な、何がでしょうナミさん、おれ、ナミさんに何もされてませんよ。」 サンジはおろおろしながらも、そろっと、ナミの背中を撫でた。 ナミはサンジの胸に顔を擦りつけるようにしながら、激しく首を振っている。 「私…っ、サンジくんのこと、ヘタレの口だけ男だと思っててごめん。ゾロにあんなに惚れられてるのに、全く気付きもしない鈍感馬鹿男だって思っててごめん。ラブコックとか云いながら、ゾロ一人まともに口説けない駄目男だって思っててごめん。ほんとにごめんね…っ。」 「えー、あー、はい、こちらこそすみません……。」 ナミの暴言に、サンジまで一緒に泣き出しそうな顔になっている。 ゾロは愛しい男を悪く云われたことに激しくむっとして、しかしナミをサンジから引きはがすこともできずに、すっかり怒り顔になっていた。 ウソップはもうますます、何が何やら判らずにぶるぶる震えている。 「でも、サンジくんは、がんばったんだよね。大きな壁を乗り越えて、ゾロのこと好きになってくれたんだね。あんなに女好きだったのに、ちゃんとゾロの恋人になってくれたんだよね。ありがとうね、サンジくん、ごめんねえ……。」 「ナミさん、あの……、ナミさん?」 続くナミの繰り言に、サンジはますます混乱を深めている。 「私も……、女の子が大好きだったのに、ウソップのこと好きになっちゃったよぉ……。自分が男を好きになるなんて全く思ったことなかったのに、……どうすればいいのか判んないよ。サンジくんはゾロの為に、ほんとにがんばってくれたんだって、やっと私、判った……。」 「ナミさん!」 ここでようやく、サンジはがばっと、ナミを抱きしめた。 ナミもサンジの背にすがりつき、ますますわっと泣き出している。 どうやら二人で感情が盛り上がってしまったらしい。 「えええっ!?」 「な…っ!」 なので、激しく全力で驚愕しているウソップとゾロのことは、二人とも完全に置き去りだった。 思わず顔を見合わせるウソップとゾロをよそに、サンジとナミは、性嗜好の壁を乗り越えた経験者と、これから挑もうとする挑戦者として、何やら盛り上がっている。 女好きのサンジとナミ、なので、男を好きになってしまったショックと戸惑いを、二人で共感しまくっているようだが。 ゾロは、ナミが男を好きになったということに、激しく驚いていた。 そしてウソップは、いきなりナミに告白されてしまったことに、力強く驚いていた。 「あのさー、ゾロ……、おれは、普通に、ナミから好かれたら嬉しいんだけど……。」 ウソップは頬を赤くしながら、ぽりぽりと頭を掻いた。 「だよなあ。」 ゾロも、複雑な顔をしてうなずく。 ウソップはナミの気持ちを知って満更ではなさそう、どころではなく、積極的に嬉しそうだ。 ナミとゾロは同性が対象だが、ウソップは異性が対象なので。問題があるとしたら、ナミ本人の気持ちに関してだけの筈なのだが。 「ナミさん。おれ、ゾロを好きになっていっぱい泣いたし辛かったけど、今はとっても幸せなんだ。だからナミさんもがんばって!」 「うん、うん、私がんばる…っ。」 サンジのはげましに、ナミは何度もうなずいている。 そのまま二人の話題は、ウソップの攻略法に変わり、ウソップはいたたまれないのか、耳や首まで真っ赤にしてもじもじしていた。 「なあ、あの二人……、おれがここにいるの、忘れてるのかな。」 ウソップの言葉に、ゾロはサンジとナミを眺めて深くため息をついた。 「コックはともかく、おれ、ナミは頭いいんだと思ってたんだがな……。」 ゾロの呟きに、ウソップは思いっきり苦笑している。 「なあゾロ、おれさ、すごい嬉しいんだけど……、もしここで、おれからナミに告ったら、空気読めてねえと思う?」 ウソップはものすごく照れながらも、突然そんなことを云いだした。 ゾロはとてもびっくりしたが、すぐに自然に、笑顔が浮いた。 「んなことねえ。すげえかっこいい。」 「そ、そうか?」 「そうだ。」 ゾロは本気でウソップに答えた。 ゾロとサンジが、互いに気持ちを云えないままでいたのに比べたら、ウソップは真剣にかっこいい。 「いってこい。」 「おう!」 さすがだと感心しながら背をたたくと、ウソップはしっかりとうなずいた。 「ナミ!!」 大声で叫ぶと、ナミとサンジは会話を止めて、びっくりした顔でウソップを見る。 「ナミ、おれ、おまえが女好きでも、ナミが好きだ!」 真っ赤になって怒鳴ったウソップに、ナミとサンジは、目をまんまるくした。 そして、ナミの顔が感激にぐしゃっと歪む。 「うそ……、やだ、嬉しい、ウソップ……。」 「うわあ……、すげえ、ウソップ、かっこいー……。」 ウソップの雄姿に、ナミは涙ぐみ、サンジも目をきらきらとさせている。 確かにウソップは格好いいが。 おまえらやはり馬鹿だろう。と思いながら、ゾロはサンジの手を引っぱり、この場から退散した。 多分あとはウソップががんばるだろう。 何はさておきとりあえず、ナミの恋がすんなりと叶いそうで良かったと、ゾロは思ったのだった。
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2010/04/23 |
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