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ナミは毎日早起きで、着替えてまずは、空と航路の具合を確かめる。 けれどもここ数日は、何となく、キッチンに行きづらい。 キッチンに、というより、正確には、サンジと二人きりになることがだ。ナミがというより、サンジが普通を装いながらも、ぎくしゃくした言動を隠しきれずにいるからなのだが。 「おはよー、ナミ。何してんだ?」 「あ、おはよ、ウソップ。」 芝生甲板でナミがぼんやり空を眺めていると、ちょうどよくウソップが起きだしてきた。 「天気、良くねえの?」 「ううん。今のところは大丈夫。」 ナミの様子を気にしてくれたウソップと適当な会話をしながら、一緒にキッチンに向かう。 「ほら、どうぞ。」 「ありがと。」 扉を開けて手で支え、ウソップが先にと促してくれたので、ナミが中に入ると。 カウンターのところに、ゾロがいた。 「おう。おはよう。」 「おはよー……。」 眠そうに声をかけてきたゾロに、ナミはびっくりして気の抜けた声を返した。 カウンターの中にはもちろんサンジがいて、朝食の支度に忙しい。 「……おはようございます。」 サンジも照れくさそうに、そのせいか妙に丁寧な様子で、ナミに声をかけた。 びっくりしたのは、ゾロが早起きしていたからではない。 サンジとゾロの間の、妙に穏やかな雰囲気に、ナミは飲まれていたのだ。 昨日までの、張りつめたような、今にも爆発しそうな気配はもうまるでなく。 まさか。でも。 ためらってしまって、何も聞けずに立ち尽くすナミの様子に、ゾロはぼりぼりと頭をかいた。 「あのな、ナミ。……こいつと、つきあうことになった。」 ゾロがぶっきらぼうに告げる。カウンターの向こうから、サンジもぺこりと頭を下げた。 それから二人は、目を見交わして、照れくさそうに、けれどもちゃんと、思い合っている顔をして笑った。 「そ、そう……。」 嬉しいけど。おめでたいけど。いったい何があったの!? と、ナミがますます呆然としていると。 「……ぅえ…っ。」 ナミの後ろで、蛙でもふんづけたんじゃないかというような、ものすごく変な声だか音だかがした。 そうだ、ウソップがいたんだ、と、ナミが思い出してあわてて振り向くと。 だーだーと涙を流して打ち震えているウソップの姿があった。 「よ、よがっだ……。」 「ウ、ウソップ?」 ナミも、ついでにゾロもびっくりである。 「よかったなぁ、サンジ……。」 「ウソップ……!」 しかし、だだ泣きのウソップにつられて、涙声になった者がいた。サンジだ。 「ウソップー!」 サンジはカウンターから飛び出してくると、ウソップにがばと抱きついた。 ウソップもひしとサンジを抱き返し、二人でわんわん泣きながら、よかったな、ありがとなの応酬である。 そうか、と、ナミは悟った。 サンジの方も、おそらくゾロを好きでいてくれたのだ。そして、ゾロにナミがいたように、サンジにもウソップがついていたのだろう。 しかし。 「えーと……、私達も、やる?」 「やらねえ。」 サンジとウソップがあまりにも感動の嵐状態なので、ナミとしては、自分達も盛り上がらなくてはいけないのだろうかというような義務感に襲われてしまったのである。 しかしゾロがあっさり却下したのでちょっとほっとした。ゾロがサンジとどうにかなれたことはとても嬉しいが、こういうのはちょっと嫌だ。 先に盛大に盛り上がられてしまうと、返って白けてしまう現象も同時に発生している。 そのゾロは、大変不満そうに、サンジとウソップを睨んでいた。どうやら早速やきもちのようだ。 「あのー、サンジくん? お鍋、火が付けっぱなしだけどいいのかしら。」 「ああっ、はい!」 サンジはばっとウソップから離れると、ぐい、と濡れた顔を袖で拭った。 「後でちゃんと話す。ウソップ、朝飯の支度、手伝え。」 「おう!」 同じく涙を拭ったウソップも、サンジと同じく満面の笑顔だ。 やっぱりサンジとウソップがべったりなままなので、仕方がないから、ナミは全員がそろうまでゾロの隣にいてやった。
朝の片付けが終わるころを見計らい、みかんの木の下で待ち合わせた。 四人で丸くなって座り込み、サンジは緊張した様子で正座になっていた。 ナミとウソップに、サンジは簡単に経過を告げる。 最初、サンジがゾロに無理強いしようとしたあたりではナミも顔をしかめたが、そのきっかけが自分にあるとも判っていたので、我慢して咎めなかった。 そしてウソップは、いきなり最後まで行ってしまったという話に、真っ赤になってうろたえていた。 一通り話し終わったサンジは、深々と、ナミに頭を下げた。 「ナミさん! ゾロをおれにください!!」 「……私に云われても。」 「そういうことはルフィに云えよ。」 「ルフィにはもう報告してきた。」 ナミとウソップが思わず突っ込む中、ゾロがあっさりと口にする。 「え…、お、おい、ゾロ!?」 「船長に真っ先に報告するのは当然だろ。」 目を剥くサンジに、ゾロはむっとした表情になった。 「……なんだよ。やっぱり嫌なのかよ。」 「んな訳ねえだろ!」 「……ならいいじゃねえか。」 「……そだな。」 サンジも一瞬険悪な表情になったが、ゾロが頬を染めたのにつられてか、一緒に赤くなってしまった。 ナミとしては何だか全身がむずがゆい。 「えーと、サンジくん、ゾロのこと好きでいてくれたのね。嬉しいけど、びっくりだわ。サンジくんて、世界一の女好きだと思ってたのに。」 「……おれだって、ゾロがゲイだったなんてびっくりだよ。」 ナミの言葉にちらりと意地悪が入ったせいか、ウソップがすかさず突っ込んできた。 「ラブコックを名乗るくらいなんだから、ちゃんとゾロに告白してくれればよかったのに。」 「ゾロだって男相手が専門なんだったら、先に動いてくれればよかったじゃんか。」 「ゾロはね、女好きのサンジくんなんかに惚れちゃって、すごく悩んでたのよ!」 「サンジだって男に惚れちまって、可哀想なくらい思い詰めてたんだからな!」 ナミがずっとゾロに肩入れしてきたのと同様、ウソップもサンジの悩みをずっと支えていたようだ。なのでついつい、互いにかばいあい、代理戦争になりそうな気配だったのだが。 「やめろ、ナミ。もういいんだ。」 ゾロが二人をきっぱりと止めて、サンジを見て、ふんわりと笑った。 あんなに泣いて、苦しんでいたのに、もう本当にいいらしい。 サンジもものすごく優しい顔をして、ゾロに微笑みかけている。 それを見て、肩の力の抜けたナミとウソップは、すぐにごめんと謝り合った。それからサンジとゾロにも、そろって謝罪を告げたのだが。 「いいえ。ナミさん。」 サンジはそれに、首を振った。 「ゾロを悲しませてごめんなさい。でも、これからは精一杯大事にします。だから、その、ナミさん……、おれ、これからもゾロのこと好きでいていいですか。」 サンジは改めて、ナミに真顔で聞いてくる。どうしてそんなことを質問されるのかとナミは不審だ。 「いいわよもちろん。っていうか、何よそれ。」 「だって……、ナミさんはゾロのこと……、その……。」 「あー。」 サンジが気にしているのは、ナミのあの、男と女発言についてだろう。ゲイのゾロがナミをどうこうはないと判っても、ナミからゾロへの気持ちがまだ疑われているようだ。 説明してないの、と、ゾロを見ると、困ったように眉を寄せる。 「おれが勝手に、おまえのこと云えないだろ。違うとは云ったんだが。」 「あのね、サンジくん。私、レズビアンなの。だから、ゾロとは完全な友情よ。安心してちょうだい。」 ゾロがカムアウトしたのだし、自分もせっかくだからしておこうと、ナミはきっぱり二人に告げた。 「え?」 「は?」 サンジとウソップの疑問の声が重なる。 「むしろゾロからしたら、サンジくんがウソップとべったりな方のが心配の種だと思うわよ?」 きょとんとして見つめ合ったサンジとウソップは、次の瞬間、互いにばっと飛び離れた。そして二人して、一生懸命ゾロに向けて、首と手を振っている。 その同調っぷりが、更に二人の仲良し度を強調しているようで、ますますゾロが表情を強張らせたりしている訳だが。 「ゾロ!おれが好きなのはゾロだけだぞ!」 飛びすざったついでにゾロに密着したサンジは、その手を取って一生懸命にかきくどきだした。 ゾロは仏頂面のままだったが、頬が赤くなり、手も振りほどこうとしなかった。 「はー……。」 いちゃつくサンジとゾロを見つめて、ウソップはしみじみとため息をついている。 あきれたような表情ではあるが、分厚い唇の端はあがっていて、とても嬉しそうだった。 きっとナミも、ウソップと同じような表情をしている。 「ねえ、ウソップ。ゾロはね、すごくすごく、サンジくんが好きなの。」 ナミはウソップにこっそりとにじり寄り、小声で話しかけた。 ウソップはナミに顔を向け、しっかりとうなずく。 「サンジも、すっげえゾロに惚れてるから、心配はいらねえよ。」 女好きは一生の病だと思うけど、と、付け足された言葉はあんまり不安を払拭してくれてはいないのだが。 「うまくいってよかった……。」 ウソップの呟きは、心の奥底から洩れたような、静かな喜びに満ち溢れたものだったので。 「そうね。ほんとに、よかった……。」 何かあったら、自分もいるし、ウソップもいる。 なのでナミは、今は素直に、ゾロの恋が叶ったことを喜ぶことにした。 本当にほんとうに。 二人の気持ちが互いを向いていて、よかった。
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2010/04/22 |
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