暖めてほしい 1 

 冬島海域の寒い夜だった。
 サンジはがたがた震えながら、男部屋に戻った。
 いつものことながら、夜遅くまで働いているサンジが男部屋に戻る頃には、全員寝静まっている。
 いや、静かというには、いびきや寝言などでうるさかったりするのだが。
 口を開けていないと歯ががちがち鳴ってしまうが、どうせその程度の音はかき消されてしまうだろう。サンジがとにかく急いで布団に潜り込んでしまおうとしていると、突然、潜めた声がかけられた。
「おい。歯ぁ鳴ってんぞ。」
 それがゾロだったので、サンジは正直驚いた。この寝汚い奴が、サンジの歯の鳴る音で目覚めたとは到底思えないのだが。
「寒いんだよ。ほっとけ。」
 一応はひそひそ声で返す。喋り終わって口を閉じると、また歯が鳴ってしまった。
「……来るか?」
「は?」
 ゾロが何を云いだしたのか、サンジは一瞬、本気で判らなかった。
「チョッパーも取られてるし。」
 云われて見れば、年下共の姿がボンクにない。くるりと部屋を見渡せば、ルフィとウソップはこたつのところでチョッパーを真ん中に挟み、で3人団子になって寝ていた。
 サンジは手も足も冷たくてたまらなかったので、自分もあそこに無理矢理混ざり込んで寝た方がいいかもしれない。と思ったところで、ゾロがサンジを、自分のボンクに誘っているのだと理解した。
 ……何だそりゃ。
 どうして自分がゾロなんかとくっついて眠らなきゃならないのかと、サンジは一瞬本気で呆れた。
「嫌ならいい。」
 その気配を察したのか、ゾロはもぞりと自分の掛け布の中にもぐってしまう。
 サンジは一瞬本気で迷ったが、しかし、冷たく冷え切っているだろう自分の寝床と、暖かくはあるだろうゾロのボンクの中を心の中の秤にかけた。
「待て。詰めろ。」
 それはもちろん、男と一緒に寝るのなんか嫌だが、暖かい寝床の誘惑の方が強かった。今夜はそれだけ寒いのだ。
「なら、てめえの毛布、上にかけろ。」
 ゾロの指示にサンジは素直に従い、云われた通りに、自分の分の毛布をゾロの毛布の上に掛ける。
 そして手早くズボンとシャツを脱いで空いた寝床に放ると、ゾロが詰めてくれたボンクの中にするりと潜り込んだ。
「うわ、あったけえ……。」
 布団の中の暖かい空気とゾロの体温に、サンジは思わず呟き、体をすり寄せて行ってしまう。
「つめてっ。」
 ゾロはぶるっと震えて、けれどサンジの背に腕を回してくれた。
 そうされると背中も暖かいが、それでもまだまだ寒い。布団の中に潜ろうとするサンジの首の後ろあたりの空間を、ゾロが内側にある毛布で埋めてくれる。
「っ、てめ…っ。」
 サンジが冷たい爪先をゾロの脛に押し付けると、さすがに文句のような声が出たが、すぐに脚で爪先を挟んでくれた。
 あったかいあったかいあったかい。サンジはもう相手が男であることもゾロであることも忘れて、一生懸命ゾロにくっつこうとしていた。
 互いにごそごそしているうちに、サンジはゾロの肩を枕に、足先をゾロの脚に挟まれて、しっかり抱き寄せられていた。
 少し落ち着いて、何かとんでもない体勢になっていることに気付いたが、しかし、暖かくて気持ちよくて、もうどうでもいいような気になってくる。サンジはすっかり弛緩しきって、ゾロの肩に頬を押しつけた。
「手ぇ寄こせ。氷みたいな手ぇしやがって…。」
 サンジが肩を枕にしている方のゾロの手は、丸まったサンジの背中を擦ってくれている。そしてもう一方の手が、さすがにゾロに回すことはできずに胸元でさまよっていたサンジの手を取った。
 両手をまとめて、ゾロの手に握られる。末端まで暖まるにはまだ時間がかかりそうだったサンジの指を、ゾロは何度も握り直しながら、自分の胸に押し付けている。
 暖まってきた指先は、今までとても冷たかったせいもあり、じんじんと痛いほどだ。
 けれども、ゾロが握り直すたびに少しずつ解け、それと同時に眠気が襲ってくる。
 自分のボンクで寝ていたならば、冷たい手足に震えたままで、こんな心地いい眠気などなかなか訪れてくれなかっただろう。
 明日、いい酒だしてやろう、と、サンジはぼんやり考えながら、飲み込まれるように眠りに落ちた。


 それから時々、サンジはゾロのボンクに潜り込んでいる。
 冷てえと苦情を云いながらも、ゾロはいつもしっかりサンジを抱き込んで、体温を分けてくれた。
 一度はなんでそんなことをしてくれるんだと聞いたが、がちがち歯を鳴らしているのが惨めっぽくて哀れになった、などと云われ、遅くまでがんばっている働き者のコックさんになんてことを!と、喧嘩になった。
 それでもやはり、サンジが潜り込めば暖めてくれるので、多分その翌日の、ちょっといい酒の提供が目当てなのだろうと思っておくことにしておいた。

 ……しておくつもりだったのだが。
 自分の察しの良さが恨めしい。
 ような気がしたが、むしろこれで気付かなかったら相当鈍いとしか云えないレベルで、ゾロは露骨だった。
 しかし本人的には、必死に隠しているつもりらしいっぽいところがどうしようもない。
 どうやら自分は、ゾロに惚れられているようだった。
 ぶっちゃけると、三回目に寝床にもぐりこんだ時にはもう、確信しない訳にはいかなかった。
 サンジの手足が冷たいからというだけでは説明のつく筈もないような、ものすごい速さの心臓の鼓動とか。
 サンジを抱き込む仕草の優しさとか。サンジが試しに腕を回してみた時にものすごく跳ねた心臓の音とか。洩れたため息が妙に切なげだったりとか。やたらと熱い体とか。
 あれやこれやの複合技で、とにかくサンジは、それを理解してしまったのだ。
 どうしよう。
 とは、本気で思った。だってサンジは女の子が大好きだ。なので男に惚れられても困る。のだが。
 それでもついつい、ゾロの寝床に潜り込むのをやめられなかったのは、ゾロと寝るのが暖かくて気持ちよくて、手離したくなかったから。
 ……というのは多分建前で、自分でもびっくりなことに、ゾロの気持ちが満更ではなかったからなのだろう。
 だって、ゾロに抱きしめられていると、自分がどれだけゾロに大切に思われているかが、暖かさとともに伝わってくるのだ。
 不思議なことに嫌悪感はなかった。
 ただ問題は、男同士がどうやってえっちをするか。である。
 あんなとこにあんなもん突っ込むんだよなー。多分おれが突っ込まれる方だよなー。痛そうだなー。やだなー。
 という、シンプルかつ重大な不安であった。ある意味、耳年増の少女の、現実の行為への不安感にも似る。かもしれない。
 慣れれば気持ちいいらしいけど、でもやっぱ、怖いじゃん!
 サンジはサンジなりに、真剣に一生懸命悩んでいたのだったが、ある時はたと気がついた。
 ゾロがそれ以上のアプローチをしてくることも、ましてや、告白してくる気配などこれっぽっちも見せていないことについてである。
 何で告ってこないんだろう、と思ったが、三秒後に自己解決した。
 女の子が大好きなこの自分に、男が告白してくる筈がないのだ。そんな奴がいたら蹴り飛ばす。というか、実際にバラティエ時代、自分に粉を掛けてくる男を海に蹴り飛ばした回数、両手両足じゃ足りないくらいだ。
 ゾロだって、振られてすっきり諦めたいとでもいう心境に至らなければ、玉砕確実、恋心を無残に踏みにじられると判って、気持ちを伝えてなどこれないだろう。ましてや、この先ずっと、同じ船で航海していかなくてはならないのに。
 なのでサンジは、仕方ないから自分から告白してやろうかと、一瞬真剣に検討した。
 告白することを考えた時点で、サンジもゾロを好きなのだと認めていたようなものなのだが、しかし、自分から告げてやるのも何となく癪なような気もした。
 先に惚れた方が負け、とは思わない。これがレディ相手だったら、女性から告白させることなどせず、サンジは即座に自分から愛を告げに行っていただろう。
 でも、ゾロだし。
 そう思うと、むこうから告白してきてほしいなあ、と、そんな欲も沸くのである。
 ならばちょいとちょっかいをかけてみようかと、サンジはそう決意するのだった。
 
2010/05/25 






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