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ちょっかいをかける、ゾロの気を惹く、と云っても、そうたいしたことをする訳でもない。 どうやら案外純情なところもあるらしいゾロである。時々同衾するだけで満足している気配も感じられる。 魔獣のくせに何を可愛らしいことをと思いもするが、相手のレベルに合わせるのは当然のことでもある。 なのでサンジのしたことも、比較的可愛らしいレベルだ。何かにつけてゾロの体にさわる。ちょっと頭を撫でたり、肩をたたいたり、口で云わずに腕を引っぱってみたりという感じだが、サンジがばっちり観察していたところでは、その度に殊更に仏頂面になったり、低くうなったりしているが、一瞬見せる動揺は隠し切れていなかった。 それから、笑いかけてみたりとか、喧嘩を売らずに穏やかに話かけてみるとか、これはコックとしての特権として、ゾロの喜ぶようなおやつやつまみをサービスしてやったりとか。 おかげさまで最近、ゾロの視線を良く感じるようになってきたのが大変に楽しい。 「サンジさあ、……あんまり、ゾロからかって遊ぶなよ?」 そのうちにウソップが、遠慮がちに忠告してきた。ちょうどナミからも、最近とっても楽しそうねとの、不必要ににこやかな笑顔もいただいていたところである。 「大丈夫、マジだから!」 そう答えると、ウソップは目を白黒させて引きさがった。 その頃にはもう、サンジも完全に本気で、ゾロとの間にいい雰囲気を作り、告白待ちをしていたのだが。 しかし多分自分はすっかり靡いた気配を見せていると思うのに、完全に隙だらけになっていると思うのに、ゾロは相変わらずかたくなで、それでも、寒い夜に潜り込んだサンジを抱きしめてくれる腕は、ますます優しくて熱いのだ。 段々サンジが苛立ってきた頃、航海は、暖かい海域へと入った。 そうなるとサンジは、ゾロのボンクに潜り込む訳にはいかなくなってくる。 春島夏島秋島が続き、せめて春島や秋島の冬ならば寒い日もあるのだが、しかしずっと暖かい日ばかりだ。ゾロの寝床に入れないし、野菜も傷みやすくなるしで、サンジの機嫌は下降の一方である。 ゾロの寝どこに潜り込んでいいのは、目安として、ルフィやウソップが寒がって誰かと寝ている日、と、サンジはそう決めてしまってもいたので、長引く一人寝に段々不満が募ってきて。
「ゾロ、てめえ、おれに惚れてんだろ!」
ある晩とうとう、ゾロにそう迫ってしまったのだった。 ゾロは一瞬で真っ青になった。 口がぱくぱくと動いて、閉じる。 顔が歪んだので泣くかと思ったが、ゾロの肩に力がこもって盛り上がり、ふいと視線を逸らされた。 「んなわけ、あるか。」 ゾロの声はひどく掠れていたが、サンジはゾロのそんな素直でない態度が気に食わない。 「ばればれなんだよ、てめえの態度はよ。」 きっぱり云ってやると、ゾロの体がまた揺らぐ、が、すぐに立て直した様子だった。 認めずに首を振る。しかし目は潤んで縁が濡れ始めているし、唇をきつく噛みしめているのも丸判りだ。握りしめている指も白くなっている。 明らかにゾロは、必死になって意地を張っていた。 自分の気持ちを、サンジに知られてはいけないと思い詰めているのだろう。 全くゾロは頭が悪い。こんなふうに持ちかけること自体、サンジがゾロに気があると伝えているようなものなのに。 そんな、絶望したような、真っ青な顔をすることなどないのに。 受け入れる余地があるからこそ、図星を突いて迫るのに。 「目え見て云えよ。」 苛立ったサンジは手を伸ばしてゾロのあごをつかむと、ぐい、と顔を近寄せた。 「ロロノア・ゾロは、そんな臆病者なのか。」 ゾロは必死に視線を合わせまいとしていたが、あからさまな挑発に、ようやく顔をあげた。 きつくにらみつけてくる瞳から、とうとう零れた涙にどきどきする。 サンジもゾロをにらみ返す。 「……好きだ。」 胸の奥から無理矢理に押し出したような告白と共に、ゾロの目から、ぼろぼろと大粒の水滴が流れていく。 ゾロは眉間と鼻に深くしわを寄せ、サンジをにらみ続けていた。 あごをつかんだままのサンジの指がゾロの涙に濡れる。 嗚咽を懸命に飲み込んでいるのか、のどや胸が不自然に揺れている。 サンジは、にっこりと笑った。 レディにさえ――――いやむしろ、女には向けられないような、極上の笑顔だった。 一瞬虚を突かれたようになるゾロに、サンジは云った。 「おれも好き。」 ゾロの目が大きくなる。 何を云われたのか理解できていない、呆けたような表情だ。 サンジはゾロにさらに顔を近づけ、ゾロの唇に自分の唇を押し当てた。軽く、ちゅっと可愛らしい音を立てて、離れる。 ゆっくりと、ゾロはまばたきした。 そしてその次の瞬間、ぽんっと音が聞こえたような気がする勢いで、真っ赤になった。 ……かわいい。 サンジはますますにこにこしながら、ポケットからハンカチを出し、ゾロの涙をふいてやった。 ゾロは口をぱくぱくさせるばかりだ。 「ってことで、おれ達、両想いだな。嬉しいか?」 「な、な、なんで……。」 ゾロは力なく首を振る。 「ありえねえ、こんなの…っ、コックがおれを……。」 「好きだよ。ってば。」 サンジは横からゾロを抱きしめ、頬に唇を押し当てた。 ゾロはびくんと震えて、けれども自分から、サンジの抱擁からは逃げられないらしい。 おずおずと上がった手が、信じられないものにふれるように、サンジの腕を撫でる。 サンジはゾロの髪を撫でてささやいた。 「ゾロが寒い晩、おれを暖めてくれただろ。そのたびに、あったかいのと一緒に、てめえの気持ちが伝わってきたんだよ。おれを好きだと思って、大事にあっためてくれたんだろ。それが嬉しくってよ、おれもちょっとずつ、ゾロのこと特別に好きになった。」 ゾロはぼうっとした、熱に浮かされたような目をして、サンジの言葉を聞いている。 抱きしめてくっついた体から伝わってくる鼓動は、寝床の中で感じていたのと同じか、それ以上の早さ。 「……コック……。」 ゾロはようやく、サンジを抱き返してきた。 サンジの肩に顔を埋めて、ぐりぐりと顔を擦りつけてくる。 ぐす、と、すすり上げるような音がしたので、サンジはその背をぽんぽんとたたいて宥めながらも、実は内心、かなり動揺していた。 ……どうしよう。ゾロがかわいい。 ゾロから告白させようとしたのは、それは半分、自分がどうせ下なんだろうなあというあきらめ半分の意趣返しのような気分があったからだと思うのだが。 思いがけず泣かれてしまったりとか、今こうして甘えてきていることとか、予想外のゾロの態度が、なんだかもうかわいくて仕方がない。 これはもしかしてチャンスなのか!?と、頭の中でぐるぐる思考が回る。 「好きだ、コック。好きだ…。ずっと前から、てめえが好きで…っ。」 ゾロは涙混じりに訴えながら、サンジに体を擦りつけてきている。 わざとではないのだろうが、ゾロの力で全身を押しつけられると、どうにもサンジは倒されてしまいそうだ。 けれども、一生懸命そう告げてくるのと、真っ赤になった耳やうなじが見えるのは、非常にいじらしくもあり。 サンジは思い切って、勝負にでることにした。 「ゾロ。」 とりあえずは、目の前にある、真っ赤っかな耳たぶにそっとかみついてみる。 「……っ。」 ゾロは全身をびくんとさせ、サンジにしがみついてきた。 「おれ達、今日から恋人同士だな。」 サンジはゾロの顔を上げさせ、ちゅ、ちゅ…っと音を立てながら、頬にも鼻にも目元にも、唇をふれさせる。ゾロの目元はまだ少し濡れていた。その涙も全部吸い取る。 「好きだよ、ゾロ。ね…、おれ、ゾロのこと抱いていい? すげえ大事にするから。」 ゾロは全身を跳ね上げるようにして体を揺らし、それから、まじまじとサンジを見た。 そして更に真っ赤になる。さすがに赤くなりすぎで、少々どす黒くなりかけているほどだ。 ゾロはまたサンジの肩に顔を伏せてしまったが。 「す、すきにしろ……。」 微かにそうささやいたのははっきりと聞こえたので、サンジはこっそり、拳を握ってガッツポーズをとった。 ゾロがそう云ったからには、とりあえずは自分が上で大丈夫のようだ。 天国つれてってやるからな、と、心の中で誓って、サンジはゾロのこめかみに、唇を押しつけた。
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2010/05/26 |
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