|
「ナミさんもロビンちゃんも、本っ当に可愛いよなあ~。」 寝酒をねだりにきたゾロに、つまみなんかも出してくれて一緒に飲んでいたサンジは、いつの間にやらすっかり上機嫌になっていた。 酔っていてもいなくても、サンジがいつもそんなことばっかり云っているのは変わらない。 それにゾロが苛立つのも、その言葉さえまともに耳に入れないようにさえすれば、浮かれたサンジの表情に心臓の鼓動が高鳴るのも、これまたいつもと変わらないことだった。 それなのに、どうしてゾロは、口を滑らせてしまったとのだろうか。 サンジとは違い、ゾロはいくら飲んだって、酒に酔いなどしない筈だったのに。 「てめえの方が、よっぽど可愛いだろうが。」 「…………はい?」 サンジは目をまんまるくして、ゾロを見た。 片方だけ出した青い目を、こぼれ落ちそうなほど見開いているのが可愛い。 くるりんと巻いた眉毛も、中途半端に開いた口も、間抜け面さえゾロには可愛く見えて、いつもならばひたすら胸をきゅんきゅんさせている筈だった。 けれども今のゾロに、その可愛いサンジをこっそりじっくり見る余裕などない。 自分の口走った言葉に気づいたゾロは、一瞬にして真っ青になった。 そして数秒遅れ、ゾロの言葉の内容を理解しただろうサンジの中開きだった唇が、だんだん大きく上下に分かれていく。 次の瞬間、サンジは、火を吹いたように真っ赤になった。 「な、な、な、何云ってやがる、このクソマリモ!」 口を数回パクパクさせてから、サンジはいきなり怒鳴りたて始めた。 「男に向かって可愛いとか云ってんじゃねえよ、ばかじゃねえのばかじゃねえの! そういう言葉はナミさんやロビンちゃんのような可憐な女性にこそふさわしいんであって、おれみたいのはかっこいいとかセクシーとか云うんだよ、なのにどっからどうすれば可愛いなんて言葉がでてくるんだクソ野郎、てめえ目がおかしいんじゃねえの、チョッパーに視力検査してもらってこい、なんだっておれに、そんな言葉……っ。」 ゾロが口を挟む余裕もなくぽかーんとしているうちに、サンジは息が続かなくなったのか、はあっはあっと、大きく息をした。 肩で息をするそんな様子まで可愛いとか、真っ赤になったまま額にうっすら汗さえ浮かべて、それがますます愛らしいとか、……いやでもそんなふうに胸をときめかせている場合ではなく。 「コック、てめえ……、何で赤くなってんだよ……。」 ゾロは、そこにつっこまずにはいられなかった。 もしもゾロの気持ちがサンジに知られてしまったら。 きっと、いや絶対に、てひどく振られるのだと思っていた。 軽蔑や嫌悪の冷たいまなざしを向けられて、蹴られればまだマシ、それさえも嫌がるほど嫌われたらと思うと、いつだって背筋が凍り付いて、絶対に知られてはいけない気持ちだと思った。 ただ、仲間としてだけでいい、サンジの笑顔を見てこっそり胸をときめかせているだけでいいと、それ以上は望んではいけないと、心に決めていた筈だったのに。 うっかり吐露してしまった言葉は、しかし、サンジから思いもよらない反応を返された。 「ゾロのばかー、ばーかばーか、クソマリモ……。」 サンジはまだぶつぶつと、憎まれ口をたたいている。 けれどもその顔は真っ赤、耳たぶも真っ赤、北の海の白い肌は、首や手などの服に隠れていない部分のすべてを濃いピンク色に染めている。 「可愛いってなんだよ、可愛くねえもん、可愛いなんて云われたって、別に、嬉しくねえもん……。」 サンジはさらにぶつぶつと呟きながら、ぎゅっとあごを引き、そのせいで上目遣いになってしまいながら、じーっとゾロをにらみつけた。たぶんにらんでいると思うのだが、可愛くしか見えなくて、ゾロはついついサンジを凝視してしまう。 サンジは右の人差し指と左の親指、右の親指と左の人差し指を上へ上へと交互にくっつけるという、可愛らしい動作をものすごいスピードで繰り返していた。 「コック!!!」 ゾロは、ばっと腕を伸ばして、がしっとサンジの肩をつかみ、ぐいっとその体を引き寄せた。 緊張しまくっていたせいで、ぎくしゃくとした、大げさな動作になってしまったが、何とサンジは、引き寄せられたそのままに、ゾロに体重を預けてきた。 ほっそりとした熱い体を、ゾロはぎゅっと抱きしめる。 これは。これって。もしかして。 ゾロに抱きしめられたサンジは、またもやあごを引いた上目遣いで、じっとゾロを見つめている。 目の縁がぽわんと染まり、そのせいで余計に、きらきら光る目の青が鮮やかに見えた。 またもじもじ、左右の指をくっつける動作をしている手をそっと押さえると、サンジは今度は、下へ下へと指をくっつけていく。 それがあんまり可愛いから、ゾロは心臓がどきどきしまくっていて、口まで上がって飛び出しそうだ。 ゾロはぎゅっと唇を噤み、おそるおそるサンジに顔を近づけていった。 「おまえ…っ。ほんと、ばかっ。ばかばか!」 あと少し、のところで、サンジがぷいと横を向く。 「先に、云うことあんだろ! ……そりゃ、先刻のも、もっと聞きてえけど……。」 がっかりするゾロに、すねたような甘えたような声で、サンジが云った。 一瞬ためらう、けれども、サンジが早く云えとせかすような目でゾロを見るから。 「好きだ、コック。」 禁忌の言葉を云ってしまったことよりも、ふんわり、花が咲くように笑ったサンジの表情に、ゾロの胸が盛大にきゅんっと鳴った。 「おれも、好き。」 信じられねえ。夢かも。 ゾロはそう思ったが、高鳴りすぎた心臓の痛みは、本物としか思えなかった。 サンジが目を伏せながら、顔を近づけてくる。 ゾロも、ここからならもう位置を外さないという距離まで寄ってから、そっと、目を閉じた。
こうして、めでたくおつきあいを始めた二人ではあったが、ゾロは密かに悩んでいることがあった。 サンジは可愛い。 それはそれはもう、目茶苦茶可愛い。 ゾロの拙い語彙では、ただひたすら可愛いとしか云えないのだが、何よりもその言葉がサンジにはふさわしいと思っているくらい、とてもとても可愛くてたまらない。 白い肌に金色の髪、くるりと巻いた愛らしい眉、顔立ちも元々整ってはいるのだが、何よりゾロは、サンジの豊かな表情が可愛いと思う。女相手にメロメロしているのはおもしろくないが、女たちが引きまくっている崩れまくった顔すら、ゾロにはとても可愛らしく見える。 一方ゾロは可愛くない。 顔立ちがきつい自覚はあるし、目つきも悪いし、毎日鍛えまくっているからごついし固い。どう考えてもこれは可愛くない。 「なあゾロ、仕込み終わった。構え。」 台所仕事にキリをつけて、甘えて寄ってくるサンジをゾロはそっと引き寄せる。 サンジは暇を作ってはゾロのところにくるようになったので、ゾロも大体の時間を見込んでは、なるべく一人になってはサンジを待ち構えていた。 「おう。」 ゾロが腕を広げると、サンジはへへっと可愛らしく笑み崩れてから、ゾロの胸に飛び込んでくる。 しっかりと抱きしめて、腕を回した腰は、非常に細い。 肩幅があるのと、たいていはスーツを着込んでいるせいで見た目に判りにくいが、サンジは実は大変細い。頸毛の生えた脚もとても細くて、どうしてこの体から、あの強靱な蹴りがくりだせるのかと、真剣に不思議になるようなほっそりした体だ。 もちろんゾロはサンジが大好きではあるが、恋は盲目状態になっている訳ではないので、サンジの柄が非常に悪いことも、言葉遣いが汚いことも、女癖が悪いことも、時としてひどく凶暴なことだって、嫌というほど知っている。 それでもやっぱり、差し引きして足して足して、結局は可愛いという結論になるのだからいいのだ。 「コックは、可愛いな。」 さらさらの金髪を撫でて、ゾロは低くささやく。 自分の胸にだけに秘めなくてはいけないと思っていた言葉を、堂々と本人に向かって告げられるのが、ゾロは嬉しくて仕方がない。 そしてサンジも、ぽわんと頬を染めて、その言葉を聞いてくれるのだ。 淡いピンクに染まったなめらかな頬はまるで桃のようで、光にうぶげが透けて光っているのがますますそれらしくて、ゾロはいつでもかぶりつきたくなる。 「なあ……。」 思わず頬をすりよせてしまったりすると、サンジはもじもじと照れて、指をちょこまか動かしていた。 目を伏せて、ちょっと唇を尖らせているのは、キスをねだるサンジの合図だ。 ゾロが喜んでそれに応えると、サンジは嬉しそうに、ゾロの首に腕を回してくる。 舌を絡ませるようなものも何度かしたが、サンジが気に入っているらしいのは、唇で互いの唇をふにふに挟みあうような、浅い位置での甘ったるいキスだ。 唇の弾力を確かめあっているうちに、背筋に走るぞくぞくとした感覚が落ちて、下腹部と、それから、背後の秘めた箇所が、しびれるようにうずいた。 前はいい。惚れあった相手とこうしているのだから、欲情するのは男として当然だ。 しかし。 後ろはだめだ。 男同士が体を重ねるならば、尻を使うのだというくらいの知識はゾロにもあったけれども。 自分のような男が、可愛く愛らしいサンジに、そこを使って抱かれたいと思ってしまうのは、絶対におかしいと思った。
|
2010/10/23 |
|