恋をしちゃいました 1 

「ウソップー、あそべー。」
「重い。」
 ウソップ工場支店で作業をしていると、サンジが後ろからべったりと張り付き、体重をかけてきた。
 背中に乗り上げられて、ウソップは文句をつけるが、それほど本気では押し返さない。細かい物を扱っている時や、火薬など危険物を使っている時などはサンジは決して邪魔をしないから、そうでない時には、構って欲しがる相手をそんなに邪険にするつもりはなかった。
 サンジは時々、ウソップにこうして甘えてくる。逆にルフィやチョッパーにくっつかれているところはよく見るし、自分もそうすることもあるが、サンジが自分から甘えてくるのはウソップにだけだ。女性クルーの目がある時には絶対にしないが、他の男共にもくっついたりはしないので、サンジが自分にだけ甘えてくるというのは、なかなか悪い気分はしなかった。
 それに、毎日サンジは朝から晩まで働き詰めなのだ。休憩中の彼をねぎらい、癒してやるのは、やはり誰もが頼りにするキャプテン・ウソップ様の使命だろうと思うのである。
 なので背中のサンジと、交互に押し合うようにして、ゆーらゆーらと体をゆっくり揺らしたりしつつ、どうでもいい話をまったりとしていたのだが。
「なあ、ウソップ。」
「おー。」
「うわっ。」
 ふと呼ばれて、振り向いたウソップの長い鼻が、肩に乗り出すように顔を出していたサンジの頬に突き刺さった。
「ぐえ。」
「いてえよ。」
「いや、いてえのはこっちだって。」
 ウソップの鼻は弾力性に大変富んでいるので、鼻先がサンジの頬を滑って、ぐにんと上に折れていた。
 サンジが顔を離すと、鼻はしなって元通りまっすぐになる。サンジは突然、ウソップの鼻先を摘まんだ。
「お前の鼻ってさー、これ、キスする時、大変じゃねえ? 相当首を傾けないと、ほっぺた突き刺さるよな。」
 そんなことを云いながら、押し下げたり弾いたり、鼻を揺らして遊んでいる。
「おれの鼻は玩具ではないのですが。」
「てめえな。親切に心配してやっているおれのこの美しい心が判んねえのかよ。」
「……すいません判りません……。」
 ウソップが正直に答えると、サンジにものすごい目で睨まれた。こわい。
「おまえちょっとこっち向け。」
 背中に張り付いていたサンジは、ウソップにそう云いながら、横へとずれてきた。
 なのでウソップも仕方なく手を止め、体をそちらに向けてやる。男2人には狭い作業台の上なので、完全に正面とまでは行かなかったが、サンジはよし、とうなずいた。
 それから、あぐらをかいたウソップの膝に手をつき、ぐいと顔を寄せてくる。
「お前の近いかもしれない将来のために、おれが練習台になってやる。心の底から感謝しろ。」
「……何の練習だよ。」
「キスの。」
 そう云ってサンジは首を目一杯傾けて、ウソップに顔を寄せてきた。
 普段じゃれていて、そのくらいの近距離になることは珍しくはないが、変な前置きをされているせいで、ウソップは妙に緊張してしまう。
 サンジは唇まであと5cmほどのところで、数秒止まり、離れた。
「あー、あれだな。ほぼ90度、これなら確実に鼻はぶつからないけど、キスとしては妙だよな。もっと慣れまくってからなら、それはそれで楽しいんだろうけど。」
 サンジは腕を組み、一人でうんうんとうなずいている。
「……サンジくーん……。」
「お前も顔、傾けろよ。」
 サンジはウソップの鼻先を摘まんで引っぱり、軽く押しやった。
 ウソップは半ばやけになって軽く首を傾け、サンジも反対に頭を倒して、顔を近づけてきた。
 さっきと同じくらいの距離で止まると、少しずつ顔を起こす。
「ほら、このくらいでほっぺたに鼻が当たるぜ。当たるか当たらないかくらい、……うん、このくらいが基本だな。よく覚えとけよ。」
「はいはい。」
 微かに鼻にふれたりする、サンジの頬の感触がくすぐったかったが、ウソップは投げやりに返事をしながらも、ついうっかり、なるほどこのくらいかなどと考えてしまっていた。ファーストキスもまだのウソップだが、やはり最初の時はかっこよく決めたいもんなと、何となくサンジへの感謝っぽい気持ちも湧かなくもなかったりするような気がしていると。
 ちゅ。
 ……と、唇に、やわらかい感触があった。
 はにかんだ笑みを浮かべたサンジの顔が離れていく。
「うわああああ、何すんだよサンジこの野郎!!」
 サンジに何をされたのか悟って、ウソップは悲鳴を上げた。
「キス。」
 しかしサンジは、あっさりと答える。
「な、何でそんなこと…っ。」
「キスする意味なんか、ひとつだろう。」
 サンジはウソップと目を合わせて、とても綺麗に笑った。
 白い頬が淡紅に染まり、少し細まった瞳はきらきらと潤んで、微かに開いた唇の両端を小さくあげていた。
 その唇が今、ウソップの唇にふれたのだ。
 ウソップはまずサンジの表情に息を飲み、遅れて頭に入ってきた言葉の意味に、また息を飲む。息の飲み過ぎで窒息しそうになっているウソップに、今度は逆に顔を傾けたサンジが近づいてきた。
「つき合おうぜ、ウソップ。前からお前が好きだった。――――おまえもだろ?」
 そんなことありません、と。
 そう答えるべき唇は、サンジの唇に、やわらかく封じ込まれた。
 
2009/09/29 




NEXT