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呆然としたまま、気がついたら夕食の時間になっていた。 なんだかものすごい白昼夢を見たような気がする、と、すっかり現実逃避中のウソップである。 サンジはいつものように、食事の配膳をしながら、ナミとロビンに愛想を振りまきまくっている。 鈍りがちなウソップの腕をかいくぐり、ルフィに料理を 取られまくったりしていたが、またいつのまにか戻っていたり、違う物が皿に乗っていたりするのは、サンジであったり、ウソップの様子を心配してくれているらしい他の男共が取り返したりしてくれているらしかった。 それでもやっぱり、ウソップから呆然はなくならず、気がついたらごちそうさまになっていて、食器をシンクに移してあいたテーブルの上に、食後の茶が配られたりしていたのだが。 「ナミさん、ロビンちゃん。それから、ルフィ――――キャプテン。聞いて欲しい話があるんだ。それから、ついでに他の野郎共も聞いとけ。」 サンジがまじめな声で、皆に云った。キャプテン、と、ルフィへの呼びかけに、クルーもきちんと聞く様子になった。 「どうしたの、サンジくん。また食料やばくなった?」 そんなサンジに、ナミが心配そうに尋ねる。 「いえ、違います。……でも、ナミさんやロビンちゃんを悲しませる話であることは確かなんだ。ごめんね、どうか、罪深いおれを許して欲しい。」 サンジはしっとりと語りながら、ナミの手を取ろうとしたが、当然ナミは素早く逃げた。 「何よ、早く話しなさいよ。」 ナミにせかされ、サンジはこくりとうなずいた。 「ナミさん、ロビンちゃん。おれ、ウソップと愛し合っているんです。」 「はああ!?」 サンジの発言に、奇声で返したのは、ナミだけではなかった。 チョッパーとブルックとフランキーも同時に叫び、ルフィとゾロは目を丸くして、ロビンはゆっくり瞬きすると、まあと呟いて微笑んだ。 ウソップは、ぎゃーと悲鳴を上げて、椅子ごとひっくり返っていた。あの昼間の、とんでもない一幕は、夢の出来事ではなかったのだ。 「本当にごめんなさい、ナミさん、ロビンちゃん。全てのレディのナイトであるこのおれが、あんな長っ鼻ただひとりの物になってしまうなんて、世界の損失なのは判っています。けれどもう、最高の航海士であるナミさんにも制御できないくらい、おれの胸の中の愛の嵐は荒れ狂っているんです。」 「えー……あの、そう……。お幸せにね……。」 真っ正面から切なげに語られたナミは、いち早く白旗をあげ、なげやりに呟いていた。 「はい! ありがとう、ナミさん。悲しみを堪えておれとウソップの恋路を応援してくれるナミさんは本当に素敵だ。ナミさんの流した美しい涙を、おれは決して無駄にはしないと誓うよ。」 「……いえ、全然泣いてないから……。」 しかしサンジは全く聞いていない。 「おめでとう。よかったわね。」 楽しそうににっこり微笑むロビンにも、サンジは朗々と詫びを告げ、それから今度は、ルフィの前に立った。 「そういうことだ、キャプテン。おれ、ウソップに、すっげえ大切にしてもらう。だからおれ達のことを認めて欲しい。」 「……………………。」 真剣な表情のサンジに、ルフィも、負けないくらい真剣な顔になった。 「サンジ。おめえは、何があってもウソップだけを特別にしないでいられるか?」 低く告げるルフィに、サンジは、その言葉をかみしめるようにしてから、強くうなずく。 「努力する。レディ達が優先なのは当然だが、クルー全員、おれの大事な奴らだ。」 真剣に答えたサンジに、ルフィはよし、と強くうなずいた。 「判ってるんならいい。恋人同士になっても、ウソップにだけでかい肉を出したり、特別なデザートをやったりするんじゃねえぞ。」 「問題はそこかよ!」 サンジは思い切り、ルフィを蹴飛ばしていた。 「何だよ、大事なことじゃねえか!」 ルフィはサンジに抗議し、二人してぎゃいぎゃいと云い合いを始める。 「……おい、いいのか、ウソップ。」 その間に、椅子ごと倒れたままのウソップを、フランキーとゾロとブルックが取り囲んでいた。 誰もウソップを起こしてやらないあたり、動揺がよく判るというものである。 ちなみにチョッパーはロビンに抱き上げられ、愛の尊さについての講義を受けていた。隣のナミは遠い目になったままなので、素直に喜んでいるのはロビンだけのようである。 「あー。……えーと、その。」 ウソップはだらだらと汗を流しながら、自分の回りにしゃがみこんでいる男達を順繰りに眺めていたが。 「おいてめえら、人のモンに何してやがる。」 サンジがそんな因縁をつけてきたので、男三人は無言のまま退いてしまった。ゾロでさえ、サンジに突っ込みを入れるのが嫌だったようだ。 「なに寝っ転がってんだよ、ウソップ。誘ってんだったら喜ぶぞ、……とか云いたいところだけどな。」 「……誘ってません……。」 ぶるぶるしながら答えるのを聞きもせず、サンジは椅子ごとウソップを起こした。 そして、元通り椅子に座ったウソップの膝の上に、サンジが跨って座った。 ぎゃーという野太い悲鳴がいくつか聞こえたような気もするが、ウソップはその声が誰のものか確認したくなかった。 「最初くらいは、陸のベッドの上でしてえからな。てめえにくれてやるから、精々優しくしろよ。」 サンジはウソップに顔を近づけ、凄んでいるんだか誘っているんだか判らないような云い方をした。……多分本人的には、色っぽく誘惑しているつもりなのだろう。きっと。一応、微かに頬が染まっているし。 「ナミさーん、そういうことですので、次の上陸の時、おれとウソップの船番免除とお小遣い増額、お願いできませんかぁー?」 サンジは両手を胸の前で握り合わせると、ナミに向かって甘えるように叫んだ。 「…………借金増額しておくわ。」 「あら、そんなの駄目よ、ナミちゃん。」 関わり合いたくありませんと全身で表現しているナミを、ロビンが優しく窘める。 「おめでたいことですもの。御祝儀がわりだと思って、ね、私からもお願い。――何かあったら、私にも相談してね。ちょっとくらいならカンパできると思うわ。」 ロビンはもうずっとにこにこしていて、ナミだけでなくサンジにも、そう声をかけた。どうやらロビンは、全面的にサンジの味方らしい。何故だ。 「ありがとう、ロビンちゃん~。ああ、ロビンちゃんの後ろに、光の輪と天使の羽が見えるよ。そう、ロビンちゃんはおれとウソップの愛を祝福してくれる麗しの天使だ……。」 「ふふ。お幸せにね。」 「とっても幸せさ!」 ロビンに微笑まれ、サンジは満面の笑顔で即答した。 女に、ロビンに応援されて、サンジが喜びに浸らない筈はないと、ウソップはまたもや現実逃避気味に、サンジくん重いなあ……などとぼんやりしていたのだが。 きらきらの笑顔のまま、サンジは軽く首を傾けて、ウソップに顔を近づけてきた。 長い鼻の先は、わずかな隙間をサンジの頬との間に作っている。 「なあ、ウソップ。ロビンちゃんも応援してくれてるんだぜ。だから、気合いを入れておれを幸せにしろよな!」 サンジのこの笑顔は、昼間、ウソップにキスをした時の笑顔とおんなじだ。 きらきらの、とても幸せそうな、綺麗な笑顔。 そしてウソップは理解した。 どうして自分が、サンジのことをきっぱりと断れないのか。 否定して、蹴られるのが怖いから、というのはともかくとして。 それだけではなくて。 この笑顔が向けられなくなってしまうことを、心の底から惜しんだからだ。 豪快にぶつけられてくるサンジの好意を拒否することを、勿体ないと思ってしまったからなのだ。 サンジは嬉しそうに笑いながら、ウソップの鼻先に顔をこすりつけるようにして、自分の頬を何回もつつかせている。 そうしながら、おまえってば幸せ者だな、とか、このおれに愛されてるんだからな、とか、天にも昇る心地だろう、とか、好き勝手なことを呟いていた。 サンジは心の底から、ウソップの心は自分の物だと信じ切っているらしい。しかも何の根拠もなく、ただ、サンジがウソップを好きだから、という理由のみで。 どうしてそこまで自信が持てるのかと、ネガティブに走りがちのウソップは、本気で不思議に思ってしまう。 けれども。 ネガティブには自信があるからこそ逆に。 こんなふうに自分を思ってくれる相手はサンジの他にいないのではないかと、だから、そんなサンジを振ってしまうのは勿体ないのではないかと、ウソップは思ってしまったのだ。 一生に一度かもしれない、こんな熱烈なアプローチ。それを断ってしまうのは、馬鹿なことではないのかと、思ってしまいそうになるのだ。 サンジは脳天気ににこにこと笑っていて、そのあまりの屈託のなさにうっかりとつられて、ウソップまで笑い出しそうになる。 「早く次の島に着くといいな、ウソップ。」 無邪気に笑っているサンジに、ウソップはつい、答えてしまった。 「あー……うん、そうだな。」 脇で、ゾロとフランキーとブルックが目をひんむいている気配がする。 ルフィとロビンはにこにこしているし、ナミはもう何もかもがどうでもよさそうだし、ロビンにあれこれ吹き込まれたチョッパーは尊敬の目を向けて来ていた。 そんな視線に包まれながら、むぎゅとウソップの頭を抱き込むサンジは、うっかり可愛いと思ってしまいそうになるほど、嬉しそうに笑っている。 いやいやこれはおれ様が芸術家だからだ、絵心が誘われているだけなのだ、と、自分に云い訳してみるけれども。 この笑顔をなくしてしまうのは、やはりとても勿体ないので。 ウソップはサンジの背に腕を回し、ぽんぽんと軽く叩いてやりながら、愕然としている男達に向かって、照れながら苦笑を浮かべて見せたのだった。
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2009/09/29 |
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