キスをしちゃいました 1 

「何作ってんだ?」
「新しい星の開発中。」
 サンジに声をかけられたが、作業に熱中しているウソップは、素っ気なく返してしまった。
「ふーん。もうちょいでおやつだから、きりつけとけよ。」
 サンジはウソップ工場支店の端に腰掛けようとするが、しかし今はまずい。
「火薬いじってるから煙草禁止。」
 ヘビースモーカーのサンジが休憩の様子を見せたら、煙草を出す確率100%だ。
 サンジは一瞬ご機嫌斜めのオーラを放ったが、何も云わずに他に行ってしまった。
 ウソップがサンジに捕まったのは、おやつの後だ。
「てめえそこ座れ。」
 脅すような面もちでソファを指さされ、慌ててウソップが従うと、サンジは靴を脱いでソファにあがる。
 あおむけに転がったサンジは、ウソップの腿の上に頭を乗せた。
「てめえはもっと働き者のハニーを労りやがれ。」
 サンジがそんなことを言い出すものだから、ウソップは、サンジが疲れていて、仮眠を取るのに側にいて欲しいのだと思った。
「サンジは働き者だもんな。いつもありがとうな。疲れただろ。」
「ばーか。このおれがあのくらいで疲れる訳ないだろ。」
 しかしサンジはそんな態度をとる。よく見れば肌もつやつやで、嘘や強がりではないようすだ。
 じゃあ何だと、ウソップはやり場に困っていた手で、何となくサンジの髪を撫でる。
 するとサンジの表情が、ふにゃとやわらかくなった。
 ……どうやらウソップに構って欲しいだけらしい。
 成り行きともったいない精神でサンジと付き合うことになったのはおとといのことだ。
 元々お互いにべったりくっつきあうことはしょっちゅうだったが、サンジは昨日から、ウソップにもうちょっと濃密なスキンシップを求めてきた。ような気がする。
 一人暮らしが長かった分、ウソップは人の側にいるのが好きだ。一人になりたければ工場にでもどこにでもこもればいいし、サンジといるのは苦にならない。いやもちろん、それはクルー全員に対して同じだが、サンジの側が一番ウソップは気楽でいられるような気がする。
 サンジはウソップの気持ちを読んだかのように優しい空間を作ってくれたし、ウソップもサンジが心地よくいられるようにしてあげたかった。
 互いに良い友情を育みあっていたのではないかと、ウソップは密かに誇らしく喜んでいたのだけれども。
 サンジの突発的な言動により、そのバランスは少し崩れてしまった。
 少なくてもウソップは、心の中で少し困っている。
 いやではないし、付き合ってもいいと思っている。サンジの気持ちも嬉しくないなんてことは断じてない。
 だが、しかし。
「はー……。」
 思わず深くため息をついてしまうと、膝の上のサンジがちらりと目を開けた。
 ウソップはすぐに、サンジの前髪ごと、額から目のあたりにかけてを撫で下ろし、また目を閉じさせた。
 そのままなんとなく、さらさらの髪を、指で撫でたり梳いたりする。
 寝てろ、と、そういうつもりもあったのだが、しかしサンジは時々目を開けてウソップを見上げたり、適当に手を伸ばして脚などを撫でてきたりして、眠る様子はなさそうだった。
 髪を撫でられて心地よさそうにしているので、ウソップも何となく、気持ちが落ち着いてくる。まるで毛並みの良い猫でも撫でているような気分だ。
 こうしてまったりサンジと過ごすのは、ウソップはとても大好きだ。
 ウソップは金髪を撫でていた指を、サンジの眉毛にずらした。
 適当な節をつけながら、ぐるりと巻いた眉をなぞる。
「かーみーのーけーさーらさら、まーゆーげーはーぐーるぐる。」
「……ばか。」
 両手でべたべたとサンジの顔を弄るが、嫌がってはいないようだ。
 元々ウソップは、サンジの顔立ちはなかなか好きだ。スケッチブックには仲間の絵が大量にあるが、サンジの登場頻度は、キッチンにこもりっ放しの割には相当多い。
 さかさまの位置から、改めてじっくりとサンジの顔を眺めながら、ウソップは鼻筋をたどったり、ほっぺたを摘まんだりしながら、感想半分の歌もどきを続ける。
「あれ、サンジ、顔が赤くなってきたぞ。ここ暑いか? えーと、ほっぺたーがピーンクっ。唇ーもピーンクっ。」
 どうしたのかなと思いながら続け、サンジの唇をなぞる。
「煙草ーの吸いすぎーでちょっとざらざーらー。」
 形も色も綺麗なのだが、ちょっと残念、少し荒れ気味の唇は触感が悪い。
「うわっ。」
 しかしその瞬間、サンジの唇を撫でた指に噛みつかれて、ウソップは悲鳴を上げた。
 特に痛いというほどではなかったが、とてもびっくりしたので、反射的に自分の口にその指を入れてしまう。
「何だよー、ほんとのことじゃねえかよー。チョッパーだっていつも、サンジは煙草の吸いすぎだって心配してるぞ。おれもそう思うぞ。」
「うううううううるさいっ!」
 サンジは耳まで真っ赤になって、指をくわえているウソップに怒鳴った。
 これは蹴られるかと、一瞬身をすくめたのだが。
 サンジはくるっと踵を返すと、さっさとどこかに行ってしまった。


 その日の晩だ。
 ウソップは、サンジがチョッパーに何かを受け取っているのを見た。
 小さな蓋付きの容器に入っているから、多分何らかの塗り薬だろう。
 ウソップのいるところからは二人の声は聞こえなかったが、チョッパーが何か説教めいたことを云い、サンジが苦笑して宥めながら、礼を云っているらしいようだった。
 知らないうちにどこか、サンジが怪我でもしたのだろうか。
 心配になったウソップがその様子を見ていると、チョッパーがいなくなってすぐ、サンジは容器の蓋を開けた。
 指でその中の白っぽい物を指で薄く掬い、唇に塗りつける。
「サンジ、口、どうかしたのか?」
「え、ウソップ!」
 サンジはびっくりした様子で、手にしていたものを慌てて隠した。
「口いてえの? 火傷でもしたのかよ、大丈夫か?」
 ウソップはサンジの顔をまじまじと覗き込む。
 サンジはコックだから、口は大事だ。そのくせヘビースモーカーなのはどうかとも思うが、味見でうっかり火傷をしたとか、何かに熱中していて煙草で火傷をしたとか、そんなことがあったら大変だと思う。
 なので何の悪気もなかったのだが、サンジは足の裏でぐいとウソップを押しのけた。
 腹に足形がつくので勘弁してほしいところである。
「リップだよ、単なるリップクリーム! コックのおれが唇に火傷なんかするかよ!」
「ふーん。」
 曖昧に返事をすると、サンジはびしっと指を伸ばして、ウソップを指差してきた。
「てめえが! 人の唇に文句つけやがったんだろうが!」
「おれのせいかよっ。」
「てめえのためだよ! いいか、つるっつるのすべすべに戻るまで、当分キスさせてやらねーからな! 自業自得だぞ!」
 そしてサンジは真っ赤になりながらも一方的に怒鳴り、また、さっさとどこかに行ってしまった。
「………………えーと。」
 残されたウソップは、呆然と呟く。
 そういえば昼間、ウソップはサンジの唇が荒れているのを指摘した。
 もしかしてそのことを気にして、チョッパーにリップの作成を頼んだのだろうか。
 しかも何か、当分キスさせないとか、そんなことまで云っていた。
 あの怒涛のような初日以来、とは云っても昨日と今日だが、サンジとキスはしていない。
 思い出すと顔が真っ赤になるのを感じてしまうが、嫌だった訳ではなく、サンジの好意だって嫌な訳では決してなく。
 ただ、ウソップの概念から行くと、キスなんてものは、お付き合いをして三カ月くらいのところで、夕陽の沈む公園などの雰囲気のある場所で、初めて交わすものではないのかなーと、そう思っていたのだ。
 なのに現実は、告白よりキスが先だし、船の上だし、ムードなんかかけらもなかったしで、夢とのあまりの落差にぽかーんとしてしまっている面がなくもない。
 サンジの積極さと、先に一人で盛り上がられてしまったせいで、ウソップはどうしても、及び腰になり気味だ。
 ましてやこういったことの何もかもが初体験。
 拒まないけどサンジ任せ、とりあえず自分は、出来る限り今までどおりに、自然にさりげなく……みたいな気持ちになっていたかもしれない。
 キスとかだって、すごくはずかしいしどきどきするけど、やわらかくって気持ちよくて、ちょっと煙草臭いけど、サンジからしてくるなら拒まない。というくらいの好奇心もあったりもした訳だが。
 しかし。
 それではたと気が付いてしまったのだが。
 もしかして昼間のサンジは、ウソップからのキスを待っていたのではないだろうか。
 サンジからすると、自分達は既にもうらぶらぶな恋人同士なのだろうし、だとしたらウソップからもそういった行動を示すのが当然と思っているのかもしれない。
 いやだけどしかしその、まだ告白されたばっかりなのに。
 さすがにサンジは恋愛経験が豊富というべきか、そういえばいつだったかのサンジの恋愛自慢話の中に、大人の恋愛はABCワンセットだみたいな話があったようななかったような気も。
 それを思えば、まだ何もかも初心者なウソップを、サンジなりに気遣ってくれているのかもしれないと思わないこともないのだが。
 あああああすいません、おれは子供の恋愛で結構です。
 そういうことはぜひ半年くらいかけてゆっくりと、と、ウソップとしては望みたい。
 しかし。
 じたばたどたばたしている脳裏のすみっこの、少し冷静な部分では、ウソップも自分で気付いていた。
 ウソップはただ、あまりの急展開についていけないだけなのだ。
 サンジの気持ち自体は、とても嬉しいのだ。
 ただもうちょっとだけ、ゆっくり自分の気持ちを噛み締めさせて欲しいなあ、とか。
 その前に、キス、とかって、どうやって仕掛けたらいいのだろう、という基本的な疑問とか。
 サンジの唇がつるつるに戻ったら、ウソップからキスをしなくてはいけないのだろうか。
 わざわざリップなんか塗ってまで、ウソップのキスが欲しいのか。
 そんなことを思ったら、頭が沸騰しそうになった。
 ウソップだって、唇が切れるくらいにまで荒れたら、痛いからリップを塗ることはあるけれど。ナミやロビンではないのだから、わざわざつるつるにするために塗ることなんてしない。
 サンジだって同じの筈で、でもウソップが荒れていると指摘したから、わざわざチョッパーに頼んで、リップを作ってもらったのだろう。
 荒れた唇でキスをしたくないから。
 つるつるの唇でウソップとキスをしたいから?
 自分の唇って今どんなだろうと、ウソップは指でさわってみる。つるつるでもすべすべでもなかったが、男の口ならこんなもんだろうという手触りだ。
 人より大きく分厚い唇は、柔らかくてぷにぷにだ。サンジの唇はこれに比べたらとても薄いけれど、でも、すごくやわらかかった。
 やわらかくて、ぞくりと背筋が震えて、ウソップはサンジの笑顔に見入ってしまったのだ。

 ウソップは結局その晩、考え込みすぎて眠れず、日が昇り始めてから落ちるように眠りに就いた。
 なので朝食に起きられず、サンジに蹴飛ばされた挙句、豪快に拗ねられたのだった。
 
2009/11/14 



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