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サンジは何やら一生懸命、ぐちぐち云っている。 料理人のサンジとしては、とにかく、ウソップが朝食をパスしてしまったのが気に入らないようだ。 「せっかくてめえのオムレツにケチャップでハート描いてやったのに、さっさと起きてこねえから、ルフィにくわれちまったじゃねえか。なんでおれの愛を受け取りに来ねえんだよ。結局てめえにはおれへの愛が足りねえんだよ。こんなに健気で可愛いおれが可哀想だと思わないのかよ。」 ぶつぶつ云いながら、サンジは何度もちらちらとウソップを見る。長い髪と煙草の煙、灰皿に灰を落としてまた口に戻す手の動きの影から、拗ねた視線がずっとウソップに向けられている。 ちらちら覗く青い目と、一瞬も止まらずに動いている薄いピンクの唇を、ウソップはぼんやりと眺めた。 幾分尖らせた唇は、さすがに一晩でという訳にはいかないが、昨日よりはちょっとだけ、つるつるになっているだろうか。 「てめえ、人の話、聞いてんのか?」 「おなかぺこぺこなので聞いている元気がありません。」 「……この…っ。」 この言葉にサンジは弱い。いや、朝食をすっぽかしてしまったので、空腹なのは事実だが。 サンジはじと目でウソップをにらんだが、無言で踵を返すと、調理台に立った。 ウソップは、カウンターの腰かけに座ろうとしたが、思い直してキッチンの中に向かう。 「何だよ、こっち来てもつまみ食いなんかさせないぞ。」 野菜や肉をだかだかと刻んでいるサンジの背後にウソップは立った。 そしてそのまま、サンジの背中をぎゅっと抱きしめてみる。 「……っ。」 広い背中が、半ばのけぞるようにして硬直した。 「な、何、何だよっ、ウソップっ。」 「えーと…………、いちゃいちゃ?」 「……っ。」 抱きしめた体が、服越しにも判るくらい熱くなった。 しかしウソップの方も多分熱くなっているので、サンジに伝わっているかもしれない。 今までにも極当たり前にしていた筈のスキンシップ。それなのにどきどきしてしまうのは、多分きっと、ウソップの気持ちがサンジに傾いて行っているからなのだろう。 昨夜一晩、真剣に考えた。 自分はサンジとどうしたいのか。 元々仲間としても友達としても大好きだった。キスされて告白されたのも、死ぬほどびっくりしたけど嫌じゃなかった。 だったら、今までの好意にさらに違う要素の好きを足してもいいのではないか。 サンジの気持ちは嬉しいし。このまま自分も、サンジをそういう意味でも好きになっていく自信はたくさんある。 いやもう、好きになりかけているのだと思う。 ウソップのためにリップを塗るサンジを、ウソップは可愛いと思った。 多分あれは、ウソップからのキスが欲しくて甘えていたのに、それどころか唇の荒れを指摘されてしまって、サンジはショックを受けたのだろう。 そこでわざわざ、つるつるになるまでさせてやらない、などと、憎まれ口をたたくのがサンジらしいところだ。後で素直になれなかった自分に落ち込むくせに、ついつい意地を張ってしまうのだ。 きっとそれで、一生懸命リップを塗りこんだりしているのだろう。 見なくても何となく予想がついてしまうくらい、ウソップはサンジと仲良しで、色々な表情を見せてもらっている。 リップを塗るのはウソップのためだと昨晩断言しているくせに、一度拗ねたり意地を張ったりすると、おまえのためじゃねえという姿勢を崩そうとしないのだ。 今のサンジの唇は、リップはついていなかったっぽい気もするけれど、ウソップの前に来る前に拭いとっておくような格好つけは、サンジは絶対にする。そういうサンジをウソップはよく知っている。 すぐに蹴りを炸裂させるのは勘弁して欲しいところだが、サンジは可愛いなあ、と、ウソップは妙にしみじみ思ってしまった。 いじらしいとさえ思ってしまう自分の感受性の鋭さに、自己賛美までしてみる。 今までだって、サンジのちょっとした行動や笑顔を、可愛いと思わなかった訳ではない。けれどそれは、チョッパーには頻繁に感じることだし、ルフィにだってナミにだってゾロにだってロビンにだってフランキーにだってブルックにだって可愛いところはいくらでもある。 けれど自分のためのちょっとした可愛さ、ウソップのための特別なサンジに、妙に心が浮き立つような、鼓動の早くなるような幸せを感じるのだ。 きっとこれが恋の始まりなのだと、認めるのは簡単なことだった。 既にサンジからの扉は開かれているのだから、ウソップはそこに一歩を踏み出すだけでいい。 ただ問題は、キス、とか、そういう実際の行為なのだが。 次にどこかの島についたら、というのは、本当に本当のことなのだろうか。 サンジはすぐでもどこまでも突っ走りそうなのだが、ウソップにはまだ覚悟ができていないというか、いや、したくないというのでもなくサンジに不満があるという訳でもなく、単にまだ時期尚早だと思うのだ。 ウソップが、サンジとそういうことをしたいと素直に思えるようになるまで、もうちょこっと待ってもらえないだろうか。 大体サンジの方だって、ウソップが後ろから抱き付いただけで、耳の裏やうなじまでが桃色に染まっている。元々白いサンジの肌は、綺麗に色が浮き出るのだ。 それがまた可愛く感じたり、本当はサンジだって自分ほどではなくてもうぶなんじゃないのかなとか、そういえばあちこちの島々で結局ナンパに成功してたことなんかないじゃんと思いだし、ちょっとむかついた自分にびっくりする。サンジならばナンパ失敗数で世界新記録が狙えるんじゃないかと思っても、それでも全然面白くない。 「ちくしょー、ウソップのくせに……。」 小さな拗ねた声がして、サンジが振り向こうと体を捻るから、ウソップは腕を緩めてその空間を開けてやった。 「へへ。」 サンジの頬はやはり赤くて、唇はちょこんと尖ったままだ。 多分ウソップの頬も赤いけれど、なんだか妙にくすぐったい気分になって、笑ってしまう。 「てめえに惚れてるっつってんだろ。可憐な男心をもてあそぶんじゃねえよ。」 ウソップが笑ったからか、サンジはますます拗ねた様子で、ウソップをにらんできたが。 威嚇する凶悪な表情ではなく、子供がふてくされたような顔をしていたから、ウソップはまた、可愛いなあ。と思ってしまった。 「もてあそんでねえよ。おれもサンジのこと好きだもん。」 素直に口をついてでた言葉に、サンジがぶわっと、真っ赤になった。頭から蒸気が出ていたかもしれない勢いだ。 あ、云っちゃった、と微かに思ったが、それよりも勝手に体が動く。 ウソップはサンジの頭を抱き寄せて、先日教えてもらった角度で、サンジに顔を近づけていた。 ふに。 と、唇がやわらかいものと重なる。
「………………。」 「…………へへっ。」 真っ赤になって目を見開いて硬直しているサンジに、ウソップは鼻の下を擦りながら笑った。 まだ早い早いと頭では思っていたのに、勝手に体が動いて、したくなったことをした。 したらとても嬉しくなった。 実際に行うまでには散々悩んで尻込みしたが、いざやってみたら案外すんなりうまくいくのはよくあることだ。 鼻もぶつからなかったし、ふわふわとした、くすぐったいような気持ちばかりが残った。 「……てめえっ、まだ、口つるつるになってねえのに…っ。」 何度も瞬きしていたサンジが、ひっくり返った声で突然叫ぶ。 「ごめん。待てなかった。」 したかったからした。単純なその気持ちが、きっとサンジへの真実の心だ。 もう照れも何もなく、サンジは可愛いなあと思いながら、ウソップは笑った。 サンジはぴたりと口をつぐむ。 「好きだよ、サンジ。」 サンジが固まったままなのをいいことに、ウソップは今度は逆に首を傾けて、もう一回サンジにキスをした。 これもばっちり、いい角度に決まった。 心臓はばくばく脈を打ってうるさかったが、それ以上にウソップの胸は弾んでいた。
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2009/11/15 |
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