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「好きだ。」 ゾロにそう云われたのが、おとといの晩のこと。
おれも好きだぜ、仲間だもんな――と、そう返そうとした言葉を封じるように、ゾロはもう一言続けた。 「お前に惚れてる。」 口から生まれたと自負している割には、その場で何も答えられなかったことが、ウソップにはちょっと口惜しかったりもするのだが。 「真剣に考えてくれ。」 ウソップが即座に否定してしまうのを恐れたかのように、ゾロは短くそう告げて、どこかに行ってしまった。
それ以来、ウソップの目に見える世界は、何だか桃色がかっているようだ。 足もとがふわふわしていて、うっかりウソップホッピングを履いてしまったのではないかと、何度も足の裏を確かめる。 原因は判っている。 ゾロだ。 ゾロに、好きだと云われた。 心の底からびっくりして驚いて呆然としたが、しかし、ゾロはそんなことを冗談で云うような人ではないので、つまり本当のことであり、真剣だということなのだろう。 何か、すごい。 ゾロはウソップのことが好きなのだそうだ。 すごいなあ……と、ウソップの頭をめぐるのはそんな感想ばかりだ。 だって、ゾロと云えば。
ロロノア・ゾロ。懸賞金1億2千万ベリー、三刀流の魔獣と呼ばれる男。 毎日激しい鍛錬を積み重ね、いつかは必ず、世界一の大剣豪になる男だ。 厳しいけれど優しくて、ウソップも何度も、ゾロに救われた。 そんな彼だが、普段は腹巻で酒好きで方向音痴、しかもやたらと寝てばっかりだ。 そして時々、びっくりするほど子供っぽく笑う。 信頼できる相手で、そして、尊敬する仲間だった。 ――――そんなゾロが。 ウソップのことを。 恋愛対象として好きらしい。 すごい。 「嬉しいなあ……。」 ぽやーんとしたまま、ウソップは小さな声で呟いた。 だってゾロが。 ウソップのことを。 他の人よりちょっと特別に思ってくれているということなのだ。 信じられないことだけれど、ゾロが好きだと云ってくれたのだから、そうなのだろう。 そのことを思うと、ウソップはたまらなく胸がどきどきしてくる。 ウソップは今までこれっぽっちも、ゾロをそんなふうに考えたことなどなかったけれども。 ゾロがそんなふうに、自分を見てくれていたのかーと思うと、何だか無性に胸が弾む。 嬉しいなあ、すごいなあ、と。 ウソップは、何故だか桃色に染まったような世界を、ぴょこたかと歩いていた。
「あ、こけた。」 昨日今日と、ウソップの足取りが完全におかしかったので、いつかは転ぶと思っていたのだが、案の定やっぱりこけた。 ナミの呟きに、ロビンがくすくすと笑う。 メインマストの影になるようテーブルとチェアを置いて、今は女ふたりで楽しいティータイム中だ。 「ウソップはサンジくんに、ステップを教えてもらえばいいんだわ。」 「相当な修練がいりそうね。」 あんなにくねくねした、踊りだしそうな足取りで歩き回るなど、我らがコックではないんだから普通は無理だ。 浮足立って覚束ないウソップの足取りに、昨日のロビンは何度も腕を咲かせそうになっていたが、ナミにほっときなさいと云われたので、今日はもう楽しく眺めているだけだ。 ぱったりと突っ伏したウソップは、しかし体を小さくくねらせつつ、膝から下をぱたぱたさせているので、打ちどころが悪かったのではなく、単に芝生に懐いているだけなのだろう。 「どうした、ウソップ。」 起き上がらない彼を心配した様子で、ゾロが駆けつけてきた。 「な、何でもねえっ!」 その声と足音に、ウソップはがばっと飛び起きる。 ウソップの顔は、瞬時にして真っ赤だ。 立たせようと伸ばしたゾロの腕がふれる前に、ウソップは素早く逃げた。 さすがの逃げ足だ。 「あーあ、ゾロったら、あんなに肩を落として見苦しい。」 「でもウソップ、見てるわよ。」 ロビンの指す方を見れば、ウソップは階段の後ろから、そろっと顔を出していた。 にょきっと突き出した鼻の先が、赤く染まって揺れている。 ゾロは背中を向けているので、こちらからは表情はうかがえないが、そんなウソップを凝視している様子だ。 ウソップは、頬も鼻の先も真っ赤に染めたまま、ゾロに向かってへにゃりと笑った。 そして今度こそ本当に、船内へと逃げ込んで行ったらしい。 いなくなったウソップの代わりに、ゾロの耳が真っ赤になっている。 「2人とも可愛いわね。」 「どーこーがー。気持ち悪いわよ、全く。」 にこにこしているロビンにそっけない返事を返すナミだが、その表情は案外優しい。 ゾロはもっとがんばればいいのだ、と、ナミは思う。 もうずいぶん前から、ゾロがウソップを想っていたことをナミは知っていた。 というか、多分、ウソップ以外の全員が知っていた。 全くほんの少しもこれっぽっちも伝わっていない様子に、サンジなどはよく笑い転げていたものだったが、とうとうゾロは、ウソップにはっきりと告げたのだろう。 そしてウソップは、ようやくゾロを意識し始めたらしい。 ウソップのあの様子からすれば、嫌じゃないどころか、むしろ嬉しがっているようなので、その点だけが癪にさわるけれども。 ゾロはもっと苦労をするべきだ。 ナミだって、云うまで気付いてくれなかった鈍い恋人を口説き落とすまでに、散々苦労したのだから。 どうせ大した告白などできなかっただろうあの男が、簡単にウソップを手に入れてしまうのはちょっと口惜しい。 「……ナミ?」 無意識に鼻に皺を寄せてしまっていたらしい。 ロビンの手が伸びてきて、ついと鼻を撫であげられた。 その指が、咲かせた手に生えていたものではないことがナミの機嫌を浮上させ、そして、他人の恋路より自分の恋路よねと、すぐに気持ちを切り替えさせる。 「もっと撫でて。」 「はいはい。」 甘えるナミのオレンジ色の髪を、ロビンの手が優しく撫でた。 その感触が気持ち良く、ナミは両肘をテーブルにつき、少しだけロビンの方へと体を傾ける。 「キスも。」 「…………もう。ナミったら。」 ロビンは困ったような顔をして、それでも素直にナミに顔を寄せてきた。 頬を染めた可愛いロビンを見ていられなくなるのは残念だったが、もう少しのところで目を閉じると、ふんわりと唇が重なる。 弾力を確かめるように、軽く唇が擦りつけられ、そっと離れた。 昼間の屋外だから、残念だがこの程度のキスが限界だ。 ロビンからのキスがもらえたということに、ナミは満足する。 「あら。」 ふと、ロビンの手が伸びてきた。 「口紅。はみ出しちゃったわ。」 唇のすぐ下を、ロビンの手が少し強めに撫でる。 拭い取り、指の腹についた口紅を、ロビンはナミの唇に塗りつけた。 「……やだ。」 ロビンは自分の指を見て、ちょっと眉をしかめる。 どうやらロビンの指に、もっと口紅がついてしまったらしい。 「ロビンってば。」 ナミはたまらずに吹き出してしまう。 笑われて、ロビンはちょっと拗ねたように唇を尖らせたが、それがとても可愛かったので、今度はナミの方から、その唇にキスをした。
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2008/10/17 |
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