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ゾロと、キスを、してみたい。 そんなふうに思うのはいけないことだ。 体だけでは足りないと、ウソップはゾロに対して、そう思い始めている。 ウソップはまだ自分で思うほど、大人ではなかったのだろう。 好奇心に流されるまま、踏み込み過ぎた。 体を寄せ合って、普通の友達なだけならしないようなことをして。 深く体を重ねて、密着しすぎていたから。少しだけ特別なことを、2人でこそこそしていたから。 夜の親密さは、昼間一緒にいる時間も、何となく、自然に増やす。 そこでまた、喋ったり笑ったり。構ったり構われたりして。 夜になるとまた、親密すぎる時間を過ごして。 そんなふうに、一緒にいすぎてしまったから。 くっついて過ごし過ぎてしまったから。 ウソップの未熟な心が、流されてしまったのだ。 きっと。 ――けれど。 ウソップはこれからもずっと、ゾロと仲間でいたい。 だから、今ならまだ間に合う筈だ。 今ならまだ踏み止まれる。 傷の浅いうちに。ゾロを巻き込まないうちにと。 ウソップは自分に強く云い聞かせた。
「ごめん、ゾロ。もう、こーゆーの、やめさせてくれ。」 いつものように、誘いをかけてきたゾロに、ウソップはそう告げた。 「あ?」 ゾロは一瞬、理解できなかったかのように、目を眇める。 ウソップは唇を噛んで、けれどすぐに、口を開いた。 どう云うか、どのように説明するか、懸命に考えた言葉を必死に告げた。 体の関係に引きずられて、ゾロを好きになりかけていること。 仲間ではなくて、特別な好意を求めるようになってきていること。 今ならばまだ後戻りできるから、しばらく距離を置かせて欲しいと。 「………………。」 ゾロは何度も口を開いて、閉じることをくり返している。 元々ゾロは口が足りない方で、なのにこんな告白をされてしまっては、どう答えていいのか言葉が浮かんでこないのも無理はないだろう。 驚いているのか、呆れているのか。 それとも引いたか。 どっちにしろ、本当に申し訳ないと思う。
「ごめんな、ゾロ。おれ、ガキで。」 もっときちんと割り切れていれば、ゾロとの親しい時間をたくさんすごすことができたのに。 恥ずかしいけれど、とても嬉しかったから。それがなくなってしまうのは、とても淋しい。 ゾロは何も悪くないのに。 「気持ちが治まるまで、しばらく距離を置かせて欲しいんだ。不自由させるけど、本当にごめん。落ち着いてきたら、また相手できるかもしれないから……、しばらくの間は、勘弁してほしいんだ。」 ゾロの目を見るのが辛い、けれども、ウソップは覚悟を決めて、視線を合わせる。 「ごめんな、ゾロ。」 ウソップの言葉に、ゾロは結局何も云えないらしいままで、うなずいた。
「よーし、でかいの釣れたぞー!」 「うおー、やったー!」 じっとしているのが苦手なくせに、ルフィは案外釣りが好きだ。 久々に新作の竿を作ったので、ウソップはルフィと一緒に釣りをしていた。 生簀に魚を入れて、ルフィはどたばたとアクアリウムバーに向かう。 ウソップはサンジに報告がてら自慢をと、キッチンに向かおうとした途中で、甲板にゾロの姿を見つけた。 無意識にそちらに行きそうになって、慌てて足を止める。 ぺち、と自分の頬を叩いて、そちらから目を背けた。 ここ数日、こんなことばっかりだ。 ルフィやチョッパーと遊んでいる途中、どこかに行こうとする途中、何かにつけてゾロの姿を見つけるたびに、足が勝手にそっちに行こうとしてしまう。 海の彼方を見ようとしている筈なのに、ゾロがいるかもしれない展望台を見上げてしまう。 日向で昼寝をしているのを見つけるたびに、何度も目を反らす。 自分が今までどれだけ、ゾロの側に行きたがっていたのかと、ウソップは我ながら、呆れかえる思いだった。 淋しいな、と、思う。 けれどそれを決めたのは自分なのだ。 ちょっかいをかけに行きたい気持ちを抑えつけて、発明に時間を費やしたりしてみる。 サニー号になってから、ウソップの自由な時間は格段に増えてはいたが、こんなふうに暇を持て余していた記憶なんか、全くなかったのに。 ルフィやチョッパーと遊ぶのはいつだって楽しいし、ナミやロビンにちょっとしたアクセサリーや小物を作ってやったり、サンジの手伝いをしつつ馬鹿話をするのも楽しい。 特に、新しい仲間のフランキーは、ウソップに取っては良い先生役だ。ウソップが今まで独学や勘でこなしていた作業を、しっかり基礎から教えてくれる。ダイヤルのことやら、細かい手仕事のことなどは、逆にウソップが教える側にもなれるし、時間を忘れるくらいに楽しいことの筈だったのに。 ゾロと距離を開けようとした途端、何もかもが楽しくない。 いや、楽しくないというほどではないが、胸のどこかが満たされない。 けれど、我慢しないと駄目なのだ。 ゾロを好きな気持ちを、普通に仲間同士としての好きだという気持ちまで、早く落とさなくてはいけない。 そうしたらまた、ゾロとも遊べるし、普通に話せる筈だから。 それまでの我慢なのだ。 ゾロの側に行きたいなら、早くやめればいいことなのだ。 「元気ねぇぞ。どうした。」 ウソップの様子がおかしいと気付いたのか、フランキーは頭をがしがしと撫でてくれた。 年の離れた彼になら、甘えていいのかなあと思わなくもないけれど。 これは自分で立ち直らなくてはいけないことだから、何でもねえよと笑って見せた。 けれど一人になった後で、ちょっとだけ泣いてしまったのは、仕方がないことだったと思いたい。
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2008/10/31 |
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