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ウソップがまた拗ねている。 ゾロは不寝番を引き受けると、ウソップを肩にかつぎ上げ、展望台に登った。 ウソップは何やらわいわいと騒いでいるが、大きめのダンベルを乗せて出入り口をふさいでしまえば、ウソップではそれを動かすことができない。 足の早いウソップを逃さないよう、きっちり退路を塞いでから、ゾロはよしとウソップに向き直った。 「うー……。」 ウソップは涙目でゾロをにらんでくるが、しかし、ゾロの方にだって云い分はある。ものすごくたくさんあるのだが、いかんせんゾロはあまり喋るのが得意ではないので、じっくりウソップを説得するには、こうするしかなかったのだ。 今日もまた、ウソップはゾロとロビンの仲を疑い、拗ねて涙目になっていた。 しかしゾロとロビンの間には、同じ船の仲間として以上の意識は全くないのだ。 以前はロビンを信用しきれずにいたゾロだが、エニエスロビーの件を経て、今は彼女のことも大事な仲間だと思っている。 だから、以前とは違う笑顔をロビンが浮かべていたらそれを守ってやりたいと思うし、あれこれと話をするのも普通に楽しい。 ゾロがもう彼女を警戒することはないから、ロビンの方も気楽に寄ってくるのだろう。 それで。 しかし。だ。 ロビンとゾロの接触がずいぶんと増えているせいで、困ったことにウソップが焼き餅を焼くようになった。 嫉妬させてしまう要因は、ゾロにも少しあるのかもしれない。 けれども、ロビンは最高級の美女で、顔もスタイルも上等なのだ。うっかり裸を見てしまえば鼻血の一つも吹くだろうし、膝枕をされれば太腿の感触にどきどきしてしまう。ゾロは真剣にウソップを愛しているが、それでも元々男好きな訳ではない年頃の男なので、単純な生理的反応だと思いたい。 それにそもそも、あれこれの密着だって、ロビンがゾロを男として全く意識していないからこその油断っぷりなのが、ウソップに判らないのが不思議だった。 大体、ロビンのお目当ては、これっぽっちもゾロではない。きっとロビンにとってのゾロなど、そのおまけにすぎないのではないだろうか。 それに何より、ロビンはナミのだ。 それはウソップだってよく判っている筈なので、そこからして疑われる理由が判らない。 ロビンはナミので、ゾロはウソップのだ。 ついでに云うならロビンだって、ゾロがどれほどウソップに惚れているのか、よく知っていると思う。 だからゾロは、ロビンといる時のゾロに対して、ナミが怒る理由も判らない。 正直なところ、ロビンもあんまり判ってないような感じがする。 あの頭のいいロビンに判らないのだから、ゾロに判る筈なんか、ますますないのだ。 それでもゾロは、ウソップに疑われるのが嫌で。泣かれたり、悲しまれたり、構ってもらえなくなるのがとても嫌なので、一度しっかりウソップの誤解を解いておこうと思ったのだ。 「こら待て、ウソップ。」 つかまえようとするゾロから、ウソップは逃げ続けている。 電気をつけなくても、展望台は窓が大きいから、差し込む月と星の光が強い。だから夜目のそれほど利かないウソップにも、ゾロの顔がよく見える筈だ。 それで余計に逃げさせることになってしまっているのかもしれないが、しかしウソップが逃げるからこそ、ゾロだって表情を緩めることができない。 ゾロはウソップを追いかけて、広くもない室内をぐるぐると回る羽目になる。 しかし何周かしたところで、段々面倒になってきた。 ゾロが立ち止まると、ウソップも離れたところで足を止め、悲しそうに目を曇らせる。逃げるくせに追いかけないと拗ねるというのは全くどうしようもないのだが、惚れた弱みがゾロにはあった。 「ほら、来い。ウソップ。」 ゾロは作戦を変えて、両腕をウソップに向けて開き、呼んでやる。 ウソップは目を見開いて頬を染め、しばらくもじもじした後に、のろのろとゾロのところにやってきた。 細い体をがばと抱きしめても、ウソップはもう逃げない。 むぎゅむぎゅと抱きすくめ、頬を擦り寄せて、軽くキスをすると、ウソップは遠慮がちに、ゾロの腹巻を握ってきた。 「おれが惚れてんのはお前なんだぞ。判ってるか?」 ゾロがささやくと、抱きしめた体がびくんと震えた。 「だって……。」 「だってじゃねえよ。おれが信じられないのか?」 一度ネガティブを発動させたウソップはやっかいだ。 面倒だと思わないと云ったら嘘になるが、しかしその手間を乗り越えてでも、ゾロはウソップが愛しいので仕方がない。 「好きだ、ウソップ。」 ゾロはゆっくりと、ウソップに云い聞かせるようにしてささやいた。 耳朶や鼻の先が赤くなっているから、その言葉がウソップの感情を大きく動かしているのは見て取れる。 「でもおれ、ロビンみたいに綺麗じゃないもん……。」 「あのな。」 ゾロは一瞬本気で呆れた。 しかしウソップは、涙目で必死になって、ゾロをにらんでくる。 「だって、ゾロとロビンがいると、すげえお似合いなんだもん。ロビンは美人だし、ゾロはかっこいいしハンサムだし男らしいし強いし男前だし優しいし頼もしいし、おれなんかとは不釣り合いだもん……。」 喋っているうちに、ウソップの目には涙が盛り上がって落ちたが、ベタ褒めされたゾロは、なんだかくすぐったくてむずむずしてきてしまった。 「……お前、本当におれが好きな。」 「好きに決まってんだろ、この馬鹿!」 怒った顔も可愛らしく、ゾロは腕の位置を変えて、ウソップをむぎゅと抱きしめ直した。 そうだ。ウソップはとても可愛いのだ。 「ウソップは、長っ鼻だし、愉快な顔だよな。」 「……どうせ。」 顔を背けようとするウソップの後頭部をつかんで、ゾロは自分に向けさせる。 「でもおれにとっては、最高に可愛く見えるんだからいいんだよ。」 「どんだけ物好きなんだよ。」 耳も首も鼻も頬も、全部真っ赤にさせながらも、ウソップはゾロに突っ込んできた。 そういうところもまた可愛い。 「おれは本当にそう思ってる。ウソップは可愛い。」 それはゾロの素直な本音だったが、ウソップは頬を膨らませたりしていた。 「人前でそんなこと云うなよ。笑い物になるぞ。」 「そうか?」 似たような発言を以前にもした時、ロビンは、ゾロは本当にウソップが好きねと優しく微笑んでくれたりしたのだが。 かといって、今その名前を出すとウソップがまた拗ねるかと思い、黙っておくことにした。 「すげえ、好きだ。」 「うん……。」 代わりに告げた言葉に、ウソップは幾分機嫌が良くなってきたらしい。 小さくうなずいて、ゾロの首に両腕を回してくる。 そっと唇を合わせても、抵抗の気配は全くなかった。 ゾロはやわらかいウソップの唇に、何度も自分のそれを押し当て、軽く擦りつける。 一度離して、目を合わせながら癖の強い黒髪を撫でると、心地よさそうに目が細まる。 何とか落ち着いてくれたようだと、ゾロはほっとしてウソップに口づけ、舌先で唇を割った。
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2009/05/29 |
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