雨宿り
横尾茂明:作

■ 黍稈細工1

淑子の母は一郎の家に女中として午後より通いで来ていた、その女中が初めて淑子を家に連れてきたのは一郎が小学4年のときだった。
この年は五月に五・一五事件が有り、総理大臣・犬養毅が殺害された年であったため…一郎もよく覚えていた。

「奥様済みません…出かけにこの子がぐずるものですから…ご迷惑とは存じましたが連れてきてしまいました、お庭の片隅にでも遊ばせておきますから今日だけ堪忍して下さいまし…」

「何おっしゃるの! こんな小さな子を一人で留守番させるなんて可哀想に、一人でお留守番出来るようになるまでは毎日連れて来てもいいのよ」

一郎が学校から帰ると可愛い少女が庭で遊んでいた。

少女は一郎を見ると立ち上がってペコリと可愛くお辞儀し…すぐにしゃがんで庭の砂を盛り上げることに熱中し始める…。

一郎は少女の仕草が可愛く…つい近寄って何をしているのか見た。

少女は庭に穴を掘り、どこから持ってきたのか縁が欠けた透明ガラスをその穴の上にかぶせその回りをリング状に砂を盛り上げ固めている…。

一郎は怪訝に思いリング中央に見えるガラスを透かして中を見た、中で何かが動いている。

「何が入っているの?」

「コオロギ」

「コオロギのお家を造ってるんだね!」

「違うもん…センスイカンだよ」

「これが潜水艦?…」

「お父さんが言ってた…センスイカンは上に水が有るんだって!」

(そうか…水の中に潜るから上に水が有るってことだな…)

「ガラスの上の小池に水を入れればコオロギさんのセンスイカンだよ!」
「でも…水がすぐ中に入っちゃって…コオロギさんが溺れちゃうの…」

「でも今度はしっかり作ったから大丈夫!」

「………………」

一郎は呆れた…女の子の遊びとは思えぬ残酷な稚戯…。
砂をいくら固めても水はどうしても洩れる…この子にはそこが解らない。

「ダメだよ! コオロギが可哀想じゃないか、やめなさい」

「ヤダ! だって…センスイカン作りたいもん!」

「じゃぁ僕の部屋においで、センスイカン見せてあげるから!」

「ほんと! お兄ちゃん持ってるの」

「うん! だからコオロギさんは逃がしてあげようね」

一郎はガラスを片づけコオロギを放して穴を埋めた。

「そう言えば君は何処の子?」

「佐伯淑子! 一年生だよ」

「あぁー女中さんちの子だね!」
「潜水艦って言っても模型だよ、小さいけど1ヶ月もかかって僕が作ったんだ!」

部屋に行き、本棚の上に飾ってあった潜水艦の模型をそっと降ろし淑子に見せた…。

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