雨宿り
横尾茂明:作

■ 黍稈細工8

その日…一郎は部屋を出られなかった、女中が帰る七時を過ぎたとき庭に出た。

空には眩しいくらいの星々がひしめいていた。
一郎は無性に情けなくなり…上を向いて涙を流した、こんな経験は初めてであり…何が悲しいのか、何が情けないのか、どうして涙が出てくるのか分からぬ苛立ちで灯籠を蹴った。

少女の性器…
あのとき…陰茎が硬くなり、下半身が妙な感覚になったのを覚えている…あれは一体なんだったんだろう…。


一郎は次の日も次の日も学校から帰るとすぐに部屋に閉じこもった…少女の顔が恥ずかしくて見られない思いに悔しくて心を閉ざした。

一週間が過ぎた頃…遠くで少女の声が聞こえると苛立ちさえ感じるようになってきた…。
そう…あのとき少女が黙って消えたこと…あんなに大事にしてた黍稈を置いて行ったこと、それらの行為は自分に向けた少女の軽蔑行為と一郎には思えたから…。

一郎は少女の存在そのものを忘れようとした…あの涙を流した日から時折廊下で少女とすれ違っても一郎は完全に無視した…少女は悲しそうな顔をして一郎の後ろ姿を縋るような目で追っていたことすら気付かなかった…。

冬が過ぎ、春になり…いつしか少女の声は屋敷から消えた…。

一郎は次第に少女の事は忘れていった…。

ある日…女中が部屋におやつを持ってきたとき「娘も今年2年になりまして、ようやくお留守番も出来るようになりましてね…いつぞやは淑子がお部屋にお邪魔してご迷惑をおかけしたそうで、ごめんなさいね」

「娘が言うには坊ちゃんに叱られたと言ってあの日は夜まで泣いてました…次の日は坊ちゃんにどうしても謝るんだと言って昼過ぎ嬉しそうに付いてきたんですが…坊ちゃんの部屋の扉がどうしても開けられなかったらしく…夜にまた泣いていましてね、娘がどんな悪戯をしたかしりませんが…どうか許してあげて下さいね」

「娘は坊ちゃんのこと…優しくて大好きって言ってます、今朝も坊ちゃんのことあれやこれやうるさいほど聞いてきましたよ!」

「………………」

女中は部屋を出て行った…。

(あの子…僕が優しくて大好きと言ってた? …あの時の僕の顔…どんな顔をしてたのか? …恥ずかしくて顔が上げられなかった顔は緊張で歪んでいたのか…)

一郎はあの時の顔を思い出し鏡に映してみた…(あっ! 怒った顔になってる…)

少女が黙って出て行ったこと…黍稈を持って行けなかったこと…それらの意味がようやく解けた気がした…。

そう考えると…あれ以来、少女の訴えるような眼差しの意も分かり…無視したことでどんなに少女が悲しんだことかと考えると胸が痛んだ…。

忘れたはずの少女なのに…一郎の目に涙が溢れる…この時この涙の意味はまだ一郎には理解は出来なかった

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