雨宿り
横尾茂明:作
■ 雨宿り1
(結局俺は…淑ちゃんのこと何も知らなかったんだな…)
(一高が決まってから淑ちゃんの家を捜し回ったっけ…でもどんなに探しても見つからなかった…結局あきらめて一高の寮に入った…)
(しかし親父が死んだとき…母が脈絡もなく淑子さんは師範学校に行ってるってポツンと言ったこと覚えてる…あの時はいまさら! と思ったが…母は何故あの時…)
(淑ちゃんが小学校の先生かー…)
風呂の湯加減は丁度よかった…しかしこの湯に淑子の裸が潜ったかと考えると妙な気持になってくる…。
(あの時の淑ちゃんの下半身…今も痛いくらい目に焼き付いている…あの時の粘膜の柔らかさもあの匂いも…)
あの下半身は素晴らしい裸像だと今も思う、とは言え一郎は淑子の裸しか見たことは無いのだが…。
その半裸像と…女性器粘膜の潤いの感触は今でも鮮明に思い出せる…一高の寮では幾度もあの時のことを思い浮かべては青春の猛りを指先で静めた…。
湯面を通して陰茎が見える…先ほどからの妄想で硬直を感じる一郎だった。
突然女の声が聞こえた…。
「坊ちゃん…お父さんの浴衣で申し訳ありませんが暫くこれを着ていて下さい…」
「ここに置いておきます…」
(えっ…浴衣…)
(長居してもいいのだろうか…)
一郎は奇跡的に逢えた女に思いを馳せた…。
(中学の頃だったら今頃は抱き合っていただろうな…)
(しかし今はお互い分別有る年齢…しかし…あの頃のように感情だけで行動出来たら…)
一郎は想いを打ち消すように湯をすくって、思い切り乱暴に顔を洗った。
少し小さめの浴衣を着て風呂場を出る…濡れ縁を歩きながら中庭を見た…
こざっぱりと整理された庭木が秋雨に濡れ…煙るように見える。
(さて…どうしたものか…このまま礼を述べて立ち去るべきか…)
(いや…淑ちゃんの今の気持をどうしても聞いてみたい…)
(しかし…兵役に就けば生きて帰れるとは思えない…やはりこのまま何も聞かずに去るべきであろう…)
正直…一郎は淑子をもう一度抱きたいと思ったが…それは再び彼女を苦しめるだけとあきらめた…。
淑子は部屋の敷居に立って一郎が帰ってくるのを嬉しそうに待っていた。
一郎を見るなり赤くなり、俯いて所在なげに手の指をいじる…子供の時と同じ戸惑ったときの可愛い仕草…。
「淑ちゃん! いいお湯加減だったよ、ありがとう」
「服は乾いたかな?、急にお邪魔しちゃって本当にごめんね…」
一郎はハンガーにかけられた服に手を伸ばした…。
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