雨宿り
横尾茂明:作

■ 雨宿り5

「ゴメン…口を汚しちゃって、我慢できなくて…」

「汚すだなんて…坊ちゃんになら何をされても嬉しいの…」

「ァァ坊ちゃん…坊ちゃんといつまでもこうしていたい、毎日こうして抱かれていたい…」
「そんな日が来たらすごく嬉しいのに…」

「あぁ来るとも! 戦争が終わればこうして君とずーと一緒にいられるよ!」

「あぁぁ素敵! …私、待ってます! 坊ちゃんのお帰りをいつまでも待ってますから」

淑子は一郎の胸に甘えるように縋った。
「幸せ…坊ちゃんに抱いてもらえるなんて…もうあきらめてたのに…」

胸に甘えて涙する女…このときほど淑子を愛おしいと感じたことはなかった。

「あの時…あの部屋で…坊ちゃんに恥ずかしいところを見られなかったら…」

淑子が脈絡もなく昔話を語り出した…。

「一年生のあの日…坊ちゃんにもっと可愛がってもらいたくて、ものすごく恥ずかしかったけど坊ちゃんが帰ってくる前から下着を脱いで待っていたの…」
「坊ちゃんが私の恥ずかしいところを見たがってることはあの日から感じていました…だから思い切って見せたらもっともっと可愛がってもらえると子供心に思ったの…」

「でも坊ちゃんと楽しい時間を過ごすうち下着を脱いでたことすっかり忘れてしまって…だからあの時は動転しちゃって…思わず隠してしまったの…」

「でもすぐに思い直して…坊ちゃんに見て貰おうとスカートを上げて立ってたの…」
「でも坊ちゃんは怒った顔して…」
「とうとう顔を上げてくれなかった…」
「もう嫌われてしまった…大好きな坊ちゃんに嫌われてしまったと思い…いたたまれなくなって…」

「あの時…声に出して、見て! って言えたら…どんなに楽だったか、でも勇気がなかったの…」
「あの後…後悔で毎日泣いてた…」


「それからずいぶん経って…坊ちゃんのお父様が満州に行かれる前の日…」
「母から手伝ってって言われたときのこと…まだ鮮明に覚えてます…」
「生まれて初めて気がふれるほど嬉しいと思えた日…坊ちゃんに逢えると思ったらもう涙が止まらなかったの…」
「あの日…朝から坊ちゃんに抱いてもらいたい…そんなことばかり考えてた…」

「でも…あの時のようにもし拒否されたらと思うと怖くて…」
「でも…坊ちゃんは私を見て微笑んでくれた…昔のままに」

「坊ちゃんはあの夜、抱いてくれました…私の恥ずかしいところにも触れてくれました…もう嬉しくて」

「でも次の日…坊ちゃんにはもう逢ってはいけないと言われ…死ぬほど悲しかった、逢いたくて逢いたくて…毎日泣いていました…」

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