アオイ空ふたりミサキにたたずんで
田蛇bTack:作

■ 1

つんとつく、アルコールのにおい。ランプに火はともり、ビーカーやスポイトがあたりに散乱している。
机の上に足を広げた美咲は、頬を赤く染めていた。

「蒼依、そこは…」
「遠慮なんてしちゃだめだよ…」
「ん……」

明日から夏休み。私も美咲も何も着ていないけど、蒸し暑いのに変わりない。
公立の高校にはクーラーなんてついていない時代だ。

美咲の汗が机に滴り落ちた。
私はそれを舌ですくいあげると、舌でころがし、飲みこんだ。

「美咲、大好きだよ」
「ぁん、でも恥ずかしいよ…」
「…喜んでいるくせに」

うるんだ目をした美咲は私にぎゅっと抱きついてきた。

「蒼依には、うそつけないや」

その腰は前よりもわずかに丸くなってきた気がした。


〜第一話〜

「それでは新入生を代表して、東城美咲さん…」
「はい」

私はパパに無理やり中学受験をさせられて、女子中学校に入学させられた。
試験でわざとへまをすればよかったのかもしれないけど、あの頃の私にはそんな反抗をしでかすことはできなかったのだ。

パパはきっと気づいていた。私が蒼依とつきあっていること。
きっと、ひきはなさなければいけないと思ったのだろう。私の気持ちもしらないで。

同性愛差別がどんなに酷いものか、確かにあの時の私はまだよくわかっていなかった。けれど私はほかでもない蒼依を愛しているし、蒼依だってきっと私を愛しているに違いないはずなのに。

そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、梅雨を迎えた。クラスメイトの間では、恋の話が花を咲かせている。
「共学の友達が彼氏できたんだって」
不安そうな声を洩らす友人。だけど私はこのとき不思議と自分に恋人がいることを言い出さなかった。

本能? そうかもしれない。私の恋人はオンナなのだから。自分たちがいくら正しいと思っていることでも、みんなから見れば、おかしなことなのかもしれない。
中学に入学してからまだ蒼依にはあっていないけど、かまわない。会っていなくても私たちは離れやしない。

…そう思っていたんだ。このときまでは…。



「ただいまぁ。」
「おかえり。」
私の声にこたえるのは、パパの声だ。うちに母親なんていない。私が小学校に入学したてのころに、突然消えてしまったんだ。
パパは「そのうち帰ってくるよ」と言っていたけれど、かれこれ6年間帰ってこない。

パパは薬品研究者。だからいつも家の中にある薬品室と自分の部屋を往復している。うちは地下二階、地上三階建ての家だけど、地下二階には南京錠がしてあって、私は絶対に入ってはいけないことになっている。
こんな家に私と兄と父と三人で住んでいるのだ。広すぎる。

まぁそんなパパなのだが、今日はいつもと様子が違った。

「美咲、ここへ座っていなさい。」
パパが珍しくお茶を入れた。お菓子も出されている。
来客でもあるのだろうか。面倒くさいな…、宿題たくさん出されてるのに。

「失礼します」
ノックをされて振り返ると、パパと、無駄に大きな黒縁めがねをかけた男の子が頭を深くさげて入ってきた。

色白で鼻は丸く、体系は中肉中背といったところ。正直なところ恋愛だとかセックスしたいタイプではない。
これがマンガだったら王子様を連想させるような美青年が私をお嫁にもらっていくところかな。
と、余計な妄想を瞬時にしてしまった。

「教授の孫だよ。南城霧也君、海斗より一つ上の年だな」
「霧也です。よろしく」

海斗とは私の兄のことだ。海斗は今年高校一年になったはず。はず、と言うのも兄は何をしているのかよくわからないのだ。

「あ、どうも、東城美咲です。よろしくお願いします」

私が頭をさげるとパパは私たちを地下室に案内した。ここは来客用の部屋。霧也という人間は、ここに今日宿泊するのだろうか。

こげ茶を基調としたこの部屋は薄型テレビにダブルベッドがあって、シャワールームまでついている。

「じゃ、ごゆっくり。」

パパは静かにドアを閉めた。

「え、パパ待ってよ!」

私はあわててドアノブに手をかけたが、信じられないことが起こっていた。
ドアは外側から鍵がかかっていたのだ。私の背中にひとすじ冷たい汗がしたたりおちたのがわかった。

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