淫辱通学
木暮香瑠:作

■ 始まりは、卑劣な痴漢2

 有紗は、サラリーマンの間に肩を割り込ませ、場所を移動した。サラリーマンが、怪訝そうに有紗を見下ろす。
「ちょっとすみません」
 そう言いながら、サラリーマン二人の向こう側の女性の傍まで行った。女性の着ている制服も、有紗と同じものだ。聖愛学園の生徒だ。背中まで伸ばした髪を揺らし、窓の外を向いた女性の後ろに、痩せ型の男性が身を寄せている。大学生だろうか、スーツでも学生服でもない私服姿の男だ。ギューギュー詰めの状態をいいことに、身長175cmはある身体全体を女性に密着させている。色白の女性は、頬を赤らめた顔で俯き、荒い息を吐いていた。
「はあ、はあ……、あう……、ううう……」
(やっぱり痴漢だ。……この娘、感じてるの?)
 有紗は、視線を下に落とした。痴漢の手が、女性のスカートを捲り、もう一方の手がその中に隠れている。男は、股間で大きくなっているものを女性のお尻に擦りつけながら、はあ、はあ、と息を女性の首筋に吐きかけていた。
(許せない、痴漢するなんて!)
 有紗は、スカートを捲っている男の手首を取り、捻り上げた。空手道場で、護身術として教えてもらった合気道の関節技が見事に決まり、男が悲鳴をあげる。
「い、いてて……、何するんだ」
「こ、この人、痴漢です」
 有紗は、男の手を背中に廻すように捻り上げる。男は、眉を歪め悲鳴を上げながら首を横に振る。
「ううっ、ううう……、ち、違う……」
 ちょうど駅についた電車は、有紗たちの側のドアが開いた。有紗と男は、ホームに出る。男の手は、背中で捻り上げられたままだ。

 有紗は、ホームにいた駅員に男を突き出した。
「痴漢です。痴漢です。この人、痴漢です」
「ううっ、ううう……」
 男が悲鳴をあげているのを見て、駅員が驚くように言った。男より15cm以上身長の低い少女に、手首を締め上げられている。
「この男が痴漢ですか?」
「はい、この人、痴漢してました。痴漢です。……」
 有紗は、ドアのところにボーッと立っていた少女を振り返りながら言う。
「ねえ、あなた! お尻触られてたよね!」
「えっ、ええ……」
 少女は、急な展開にどうしていいのか分からず、曖昧な返事をした。

 電車のドアが閉まることを告げるベルの音がホームに響いた。
「あっ、大変!!……。遅刻しちゃう! は、早く、早く……」
 有紗は、男を駅員に押しやった。そして、少女の手を取り、締まりかけたドアの飛び込んだ。二人が飛び込むと同時に、ドアが閉まった。

 痴漢騒ぎに、ザワザワとする中、電車は走りだす。有紗とその女性は並んでドアの脇に立っていた。女性は、有紗より少し背が高い。165cmくらいだろうか。
「わたし、2年の高木有紗。あなたは?」
 しばらくの沈黙の後、有紗は、痴漢に逢っていた女性に話し掛けた。
「3年の小林美由紀」
「先輩なんだ。でも、黙ってちゃダメだよ、痴漢に逢ったら。声を出せば、痴漢は逃げちゃうんだから」
「う、うん。今日は、ありがとう。助けてくれて……」
 ガッタン、ゴットンと音を響かせながら、電車は有紗達の通う聖愛学園のある街に向かって走っていった。

 権堂康次は、公衆の面前で受けた恥辱に怒り狂っていた。
「ちきしょう! だだじゃ済まさんぞ、あの女……」
 眉を吊り上げ、怒りに肩を震わせている。痴漢を発見されたうえ、自分よりはるかに小さい少女に逆手を取られ締め上げられた。そのことが怒りに拍車をかけていた。
「あの野郎! 絶対見つけ出してやる。そして、俺の受けた辱めよりもっと酷い目に逢わしてやる」
 権堂は、有紗に駅員に突き出された後、証拠不十分で開放されていた。痴漢行為は誤解だと言い張り難を逃れたのだ。有紗達が立ち去った為、痴漢行為を証明できるものは何もなかった。証拠がない以上、駅員も権堂を捕まえることは出来なかった。
「確かあの女、聖愛学園の制服を着ていたな。見つけ出して酷い目に逢わしてやる」
 有紗は、謂れのない恨みを買っているとは知らないでいた。

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