アルバイトリンド
一月二十日:作

■ 2

「え? 土林君、今なんて言った? え? 目と? 何?」
「いや、驚愕、つまり驚きです。」


「リンちゃん?!」
「え?! …あ、あぁ…」
「また考えてた? 八木先生のこと。」
「あ…あ、うん。」
こっちがミミに不意を突かれてしまった。

「私ね、知ってるんだ…」
ミミはすっかり薄くなったコーラをチューチュー飲んだ。
「え、何…」
「八木先生の…秘密って言うのかな?」
「秘密?」
「うん…まぁ偶然見たんだけどね。」
「何を?」
なんとなく妖しい香りがした。
「ねぇ、何をだよ、ミミ。」
「うん、八木先生、男を買ってると思う。」
「え?!」
信じられない。あの学問一筋…とまでは行かなくても、常識と上品と貞淑の塊みたいな八木先生が?
男…買ってる? って。
「でもあれは八木先生だよ、間違いない。」
「いったいいつ? どこで見たんだよ?」
「○○…それも夜よ。」
○○とは、この街の繁華街だ。
この一帯は夜になると飲み屋やホテルのネオンで一遍に妖しくなる。ナンパも多いし、暴走族も走り回る。
それを追って警察がうろうろする。そんな所にあの八木先生がいること自体信じられない。
しかしミミはなぜそんな時間そこにいたんだ?
「なぁ、ミミは何しに行ったんだ?」
「ん? あぁ、高校の時の先輩に会いにね。ちょっとした相談聞きに行ったの。」
「ミミが相談に?」
「ううん、先輩がね、ちょっと男のことでさ。」
「へぇ、後輩のミミが相談にね。」
「かなり年上の男性に恋したんだってさ。それも不倫みたいよ。」
「へぇー、それは辛いな。」
「でもその先輩、なんか相手の気持が分からなくて不安みたいね。」
「ふーん。」
「あ、逸れちゃったね。」
「あぁ、そうだよ、で、なんで八木先生が男を買ってるなんて分かるんだい?」
八木先生の身体の至る所が数字になって駆け巡った。

「簡単なこと。ナンパしてたんだもん。」
「ナンパ? …って先生がしたの? されてたの?」
「意外な方。」
「意外って…え? 先生が?」
「うん、あれは絶対そう。」
「え? どんな具合に?」
「うん、見事に至近距離で見ちゃったの。先輩とね、飲みに行ったパブから出た時ね、向かいの店の前でさ、若い男が何人か話してたの。私たちとその子らとの間にフッと人が止まったの。それがね…」
「せ、んせい?」
「うん。びっくりした。」
「何か聞いた?」
「うん、あんまりびっくりしたから思わずちょっと逃げた。で、振り向いたら、先生とその子らがこっち向いて歩いて来てたの。」
「で?」
「ちょっと後ろ向いてやり過ごして、先輩とさ、後つけてみたの。」
「うん。」
「そしたらね、入ったの。」
「どこに?」
「ラブホよ。」
「え? 数人で?」
「うん。数人だからさ、あれ、絶対買ったって思ったのよ。」
「買われたんじゃなく?」
「あんたさ、ま、見てないから仕方ないけど、あの子らどう見てもお金持ってないよ。どっちがお金持ちかくらいあの場にいたらリンちゃんだって分かるよ。」

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