アルバイトリンド
一月二十日:作

■ 7

ミミのそんな声とともに僕の身体から鼻息が離れた。
少し無音の時間が過ぎた。
次に肌の気配を感じた時、僕の股間はいっぺんに熱くなった。
今度は違う。いきなり肌の気配を感じる。その人間の体温が近付いて来るのが分かるのだ。
僕の頭の中にはまた八木先生の顔がアップになって浮かんだ。そして僕の視覚を除く他の感覚が敏感になって、見たことのない先生の隠れた部分を思い起こさせたのだ。
それが先生だとしたらこの無音の時間の間に先生は全てを露わにしたのだろう。そして再び今、僕の身体に近付いて来ている。

荒い息とともに温かい肌の気配がどんどん近付いて来る。それとともに僕の身体の真ん中がみるみる隆起していく。もう自分では制御出来ない。
目隠しされた顔の上が暗くなったかと思うと、額の辺りにぶらぶらする2つの突起物を感じた。これはもしかして乳首?
それらは顔の上のハンカチを剥ぐほどの力を持たないで、ただ額の上を右へ左へと行き来している。
と、すっかり隆起した自分自身を押し潰す様な圧迫と冷たさを感じた。
そこにはジャリジャリする様な硬い繊維の束を感じる。と、いっぺんに頭の中が真っ黒になった。これは恥毛だ。真っ黒な茂みだ。
冷たいものはきっと潤みだ。この人間の愉悦の液体だ。
それが重たくのしかかって来る。温かい。その中を一筋の冷たい潤みが流れている。

その身体の密着は下半身から上半身へと広がって行き、そのうち僕はさっきの獣の様な鼻息交じりの愛撫を首筋に受けていた。その動きが次第に顔の上のハンカチをずらして行った。そしてついに視界が開けた。
そこにはまず、ミミの部屋の天井が見えた。
休講日の今日、ミミは僕をワンルームマンションの自分の部屋に呼んで、アルバイト料を渡しながらこの前ハンバーガー屋で言ったシチュエーションを命じたのだ。
この時既にこの部屋のどこかか近くにこの女性はスタンバイしていたのだろう。

「あらら? 目隠しが取れちゃったね?」

天井を隠す様にミミの顔が覗き込んだ。
僕は羞恥と怒りと期待が入り混じった複雑な視線をミミに返した。

「いいわ、全部取ってあげるわ。先生? ちょっと下がってね。」

先生? やはりこの獣の様な声の主はあの八木先生なのか?
と、温もりと鼻息が離れて行く。まだ僕にはミミの顔しか見えない。
ミミは僕の手足のハンカチを取った。
自由になった僕は脚を閉じた。そしてミミに聞いた。

「身体、起こしてもいいか?」
「どうぞ?」

いともあっさりとミミは承諾した。
僕はゆっくりと身体を起こした。

そこに僕はまぎれもない先生の姿を見た。
少し顔ふせたその顔には、ハンカチで猿轡がされていた。あの獣の様な声はきっとこいつの仕業だろう。
その手も、きっとあの少しの間にだろう、後ろで縛られていた。

「リンちゃん? あなたはこの白い舌の食べ物なの。」
「え? なんだって? 白い舌?」
「ほら、先生、予想に違わない白い肌でしょ?」

先生はただ無言でうつむいている。前を隠そうと右脚の腿を左脚の腿できゅっと締めている。その左足の指がほとんど爪先立っている。それほど恥ずかしいのだろう。

「ほうら、この白い舌をごらんなさい? ね、髪の黒やお乳の先の紅いところがアクセントになってより白さを浮き立たせてるわ。真ん中にも黒いところがあるけど、ちょっと隠れてるわね?」



それはまるで裸のモデルを解説するデッサン教室の先生の様に冷めた口調だった。



「ミミ、これから何をするんだ?」

僕はミミの企みが知りたかった。

「言った通りよ。そこそこかわいい女の子が、そこそこイケる男の子と、そこそこお金になることを始めるということよ。」
「それってこれか?」
「そうよ、そこそこイケる顔のあなたを裸にしたらもっとイケるわ。その裸のあなたを使って、私はいろんな作品を作るの。もちろんそれを売り物にするわ。そしてちゃんとあなたにはバイト料払うの。」
「で、これから何を作る?」
「【白くて肥えた舌と裸男料理の戯れ】って仮題を付けてる、う〜ん、童話? 詩? かな? とにかく文章よ。」
「僕がその『ラダンリョウリ』か?」
「そうよ、男はあんたしかいないじゃん。」
「先生が白くて肥えた舌か?」
「思わない? ちょっと太ってるじゃない。」

「立っていいか?」

ミミに聞いた。

「いいわよ。」

僕は立って先生の方へ歩いた。「太った白い舌」と言われてみると、確かに先生の身体は太かった。でもそれ以上に柔らかそうだった。
その具合を想像するとまた股間が怪しくなってきた。

「あらら、くちばしみたいに立ってるわね?」

ミミが茶化す。でも僕はかまわず歩いた。

「まるで蒸し鶏が歩いているみたい。湯気を立てたクリーミーな蒸し鶏…蒸し男かな?」

構わず僕は先生の前まで行った。そしてうつむいて固まっている先生の顎に指を掛けて上を向かせた。

(土林君…)

先生は涙声で言った。

「先生、これはどういうこと…」

(分からない。)

喋れない先生は顔を横に振った。
先生のあの大きな瞳が微妙に揺れている。それは疑問と恐怖と哀願が混ざっている様なものだった。

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