恥辱アルバイト
木暮香瑠:作

■ 誤解を生んだアルバイト初日2

「この娘が、先日紹介したアルバイトの山川君だ。よろしく頼むよ」
 社長は綾香を、そう二人に紹介した。
「小林君は経理、配送を担当してるから、君のあるバイト中のことは彼女に任せるから……。
 織田君は、ここのことは何でもわかるから、判らないところは聞きなさい」
 紹介が終わり、綾香は、「アルバイト:山川」と書かれた名札を受け取り、下の事務所に下りていった。他の社員全員が集まり、紹介される。若い男子社員の間から、
「かわいいじゃん。ちょっと幼い感じだけど……」
「おおっ、いいせんいってるね。スタイル良いぜ。あし、なげーなー」
 若い社員たちは、綾香の出現に色めきだした。

 アルバイトは、初日から忙しかった。小林恵美子の指示で、伝票の整理から、ダンボールに配送票を張る仕事まで、月末でもあり、また、お中元のシーズンの真っ最中で、大量の作業があった。アルバイトの初日ということで緊張しているため、実作業以上に忙しく感じたのかも知れない。訳がわからないまま恵美子の指示のまま働いた。

「山川君、少し休憩したら」
 パソコンに向かって、伝票を打ち込んでいる綾香に、織田裕紀が、自販機のアイスコーヒーのカップを持ってきた。
「3時だよ。みんな休憩してるから、君も少し休みなさい」
 そういって、アイスコーヒーを綾香に手渡した。時計を見ると、3時を5分程周っている。あたりを見渡すと、みんなジュースを飲んでいたり、雑談に花を咲かせている。そんなことにも気付かないほど、緊張の中で作業をしていた。始めてあった時から、好感を持った織田が、わざわざコーヒーを持ってきてくれたことが嬉しく、また、時間も気付かなかったことが恥ずかしく、頬を赤く染め、
「ありがとうございます」
と、下を向いたまま答えた。
 織田は、綾香の緊張感を察したのだろう、話かけてきた。
「パソコンの入力も慣れたもんだね。パソコンを持ってるの?」
「はい、インターネットをしたり、メールをするくらいなんですけど……」
 コーヒーを飲みながら、しばらくの間、パソコンの話やインターネットの話に付き合ってくれた。
「ところで、君の名前って、母音がすべて「A」なんだね。YAMAKAWA AYAKAって」
「そうなんです。変わってるでしょ。ウフフ…」
 綾香は、話が終わる頃には、笑顔が出るほどに緊張が解けた。

 休憩が終わり、織田は自分の席に帰っていった。初めて会っってすぐに好感を持った織田さんが、休憩に付き合ってくれた。緊張していたわたしに気付いてくれ、わざわざ話し掛けてくれたのだ。それがとても嬉しかった。織田が戻っていっても、綾香の頬には、ほのかな赤みが刺していた。その時、綾香は背中に刺すような視線を感じた。綾香がその方向に振り返ると、そこには小林恵美子がパソコンに向かっている。少し、眉毛の端が上がっていた。

 初日のアルバイトも終わり、帰るとき、一番若い女子社員が綾香に話し掛けてきた。
「山川さん、気をつけたほうが良いわよ」
「えっ、何をですか?」
 綾香は何のことかわからない。
「織田さんと親しく話をしない方がいいわよ。恵美子さんに睨まれるわよ。
 彼女、織田さんのこと、アタックしてるんだから。恨まれるわよ。  織田さんは、恵美子さんにはぜんぜん興味ないみたいだけど」
「わたし、そんなんじゃないです。織田さんのこと、なんとも思ってません」
 綾香は、嘘をつきてしまって、少し気が沈む。ほのかに恋心が芽生えかけていた。
「ならいいけど。でも、誤解されて虐められるのも辛いでしょ?
 彼女、結構、陰険よ。昔は、結構ならしたヤンキーだったそうよ」
 そういって、彼女は帰っていった。

 なぜか、綾香の目には涙が浮かんできた。自分では気付かなかったが、織田に一目惚れをしていたみたいだ。他人と争ってまで恋人を奪い取ることが出来ない自分を知っているだけに、何も出来ない自分が悲しかった。

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