青い目覚め
横尾茂明:作

■ 旅立ち3

「さー、由美ちゃん着いたよ」
車は割烹旅館30mほど過ぎて道路脇に停まった。
「おじさん、ここで待ってるから…由美ちゃん行ってらっしゃい」

「うん、じゃぁ行ってくるね」
由美はドアを開け、幸夫にペコリと頭を下げ旅館の方に走って行った。

幸夫は由美の座っいた座席を見つめ…
もう帰ってこないのでは…という不安が一瞬よぎった。

幸夫は少女に会った日から今日までの出来事…心模様を反芻した。
(ああーっ…やはり少女を忘れることは出来ない)
今や少女の存在は、幸夫の心の半分以上を占めていることに唖然とした。
由美と一緒に居られるのなら会社など誰かにくれてやっても惜しくないと思えるほどで有った。
……友人がこの事を知ったら…気が狂ったかと…まず思うだろう…。
あの少女を小悪魔と感じたのは…
あながち間違いではなかったと思う幸夫であった。

バックミラーに、由美が旅館から飛び出てくるのが見えた…。
由美は途中で走るのを止め…歩き…立ち止まった…。
そしてしゃがみ込んでしまった…泣いている…。

幸夫はたまらず車外に出、由美の所に走った…通行人が何事! といった風に立ち止まって二人を見た。

「由美ちゃん大丈夫?」

「おじさん…おじさん…お母さん居ないの…もうとっくに旅館は辞めてたの!」

「お母さん…由美を捨てたの…由美捨てられちゃった…」
由美は泣きながら幸夫にしがみついた。
幸夫は立ち上がろうとしない由美を抱き上げて車に戻った。

「由美ちゃん泣いててばかりじゃ…おじさん分からないよ」
幸夫は由美を優しく抱き…髪を撫でた。

由美は激しく嗚咽をくり返しながら片言に話し始めた。

旅館の女将が由美に語った事を要約するとこうである。

「お前の母親はひどい女だねー、恩を仇で返すとはこの事だよ!」

「友人の紹介だから水仕事はさせないで、ちょいと綺麗だから馴染みの客の酒の相手という楽な仕事をさせてやったのに…
それを…あの女、5日前帳場の金を持ってトンズラだよ…
どうせアパートにも帰って居ないんだろう!
…男だよ…男が出来たんだろうよ…憎たらしいね本当に。
初めは警察に訴えようと思ったが…
友人の紹介じゃねー…もう諦めたよ…
退職金にしちゃー多すぎだけど…くれてやるよ!」
「それと…部屋に置き手紙が有ったよ…
これだけどね…あんた由美と言うのかね?
これを持ってとっとと帰っておくれ! …もう来るんじゃないよ!」

幸夫は由美がしっかり握っている封筒を取り、封を切り声を出して読み始めた。

「由美ちゃん、お母さんを許して…お母さんに好きな人が出来たの…
もうどうにもならないほど好きになってしまって…その人…妻子がいるの…
でもお母さんのこと大好きと言ってくれた…
お母さんその人と西の方に行きます。由美ちゃん1年だけ
お母さんを許して…
必ず由美ちゃんの所に帰ります…
お金200万ほど口座に振り込んでおきます。
1年だけお母さんに自由を下さい」

幸夫は読んでいて腹が立ってきた…。
(何と身勝手な母親だろう)
娘を捨てて好きな男と駆け落ちする女が…1年で戻れるはずがない…
それに…困ったとは言え、盗んだ金を娘に振り込むとは…
16才に少女の心をどう考えるのか…男に目が眩むとはこの事なのか…
常軌を逸した母親の罪に幸夫は憤りを感じた。
しかし幸夫は思った…俺もこの母親と何処が違うのか…
狂ったのは一緒ではないのかと。

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