新・青い目覚め
横尾茂明:作

■ 挑発1

 校門を出たとき俊子が、「絵美ちゃん今から家に寄ってかない?」と言った。

「ごめんトシちゃん・・きょうはお家に早く帰らないといけないんだ」

「なーんだ残念、昨日CD3枚も奮発したから一緒に聞こうと思ったのに・・」
「そっか・・残念だね・・」


「・・絵美・・最近学校でも元気がないけど・・家で何かあったの?」

「ううん・・何にもないよ・・トシちゃん心配してくれて・・優しいね」

「あっ!・・こいつ好きな人が出来たんだナ」

「違うヨー・・そんな人いないもん」

「絵美はウブイだから・・男には気をつけなきゃダメよ!」

「ハイハイ・・ご忠告肝に銘じます、じゃぁここでね・・バイバイ」

 絵美は右に折れ・・振り返り振り返り俊子に微笑みながら雑踏に消えて行った。
(あれ・・家に帰るんじゃないんだ・・おかしいな)
 俊子は絵美と幼稚園からのいつも一緒であった。俊子が今の女子校に行くと言ったときも・・絵美も行きたいと言った。絵美なら都立の有名進学校にも行ける秀才だったのに、ダダをこねるように俊子に付いてきた。そんな妹の様な絵美が俊子は可愛くて何かと絵美に世話を焼いた・・また絵美の美貌は近隣の男子校にも広く知れ渡っているため俊子が学校の行き帰りのガード役をしていたのだった・・。

(絵美ちゃん・・何か変・・あした真面目に聞いてみようかな・・)


 絵美は商店街を歩いていた。もうすぐ本屋の裏口に近づく・・これで3往復目になる・・なかなか決心がつかず・・次第に目の前が白く濁るほど緊張の極点に近づいていた。

(きょうは約束の火曜・・夕べはあんなに決心したのにどうしちゃったの・・)
(朝お風呂に入り体の隅々を1時間もかけて洗った・・)
(さっきも公園のトイレでアソコとお尻をウエットティシュで綺麗に拭いた・・)
(準備は整えたのに・・勇気が出ない・・あぁぁん恥ずかしいよー)
(おじさん簡単に許してくれるかもしれない・・私の考え過ぎなだけかも・・)
(そう・・私の考え過ぎだよ・・すぐに返してくれるよね)

 絵美は無難な方向のみを考えるようにして本屋の裏口のノブに手を掛けた。手が震えてる・・ノブをゆっくり回す・・あっ・・開く・・。

「・・ご・・ごめん下さい・・」

(・・・・・・・)

「・・ごめん下さい・・」

 奥は静まりかえり何の物音もしない・・(あれ・・おじさんいないのかなー)

 見覚えのある事務所の造作・・あの時の忌まわしい記憶の断片が絵美の脳裏に去来した・・絵美は急に不安になり・・鞄の取っ手を握りしめ帰ろうと思った刹那・・店側のドアが開いた・・。

「あっ・・きてたんだ」

 本屋のおじさんは本を抱えてニコニコ笑いながら近づいてきた。

「もう学校は終わったの?・・きょうは約束通り来たんだね」
「君はもう来ないとおじさんは思ってたけど・・律儀な子なんだ」

 孝夫は本を箱に入れると絵美を振り返り、
「きょうは真面目に約束を守ったからあの件は許して上げるよ」

 書棚に行き、引き出しの鍵を開けて紙片を取り出した。
「これ・・もういいから破り捨てるね」

 孝夫は絵美に生徒手帳のコピーを見せてから、コピーを細かく破いてゴミ箱に捨てた。

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