新・青い目覚め
横尾茂明:作

■ 懊悩1

 孝夫は腕時計を見た・・見てから気づく、このソワソワとした感覚は一体・・朝から幾度となく時計を見てはため息を漏らしている・・。

 時計は7時を少し回った。
(ロービーのガードマンはあの子を通してくれただろうか・・)
 ガードマンに一言でも伝えておけばと悔いた・・。

 昨夜の夢のような交わりは今は朧な記憶・・現実とは思えぬ甘味過ぎる断片を少しづつ繋ぎ合わせてはまたため息を漏らす・・。

「社長・・もう帰られては? なにか今日はお疲れの様子ですね・・・」

 店長の言葉に孝夫は我に返る。

「んー・・そうするかな・・ちょっと今日は熱ぽいみたいだから・・」
「後・・悪いけど・・よろしくおねがいします」

 孝夫はいそいそと奥に引っ込み、着替えを済ませると裏戸から商店街に出た・・この時間はまだ通りには人混みが有り、孝夫は100mほど歩いてケーキ屋に入る。買い慣れぬケーキを前に途方に暮れるが・・可愛らしいケーキを適当に指さして10個ほど詰めてもらった。

 商店街を抜け裏道に入るともう夏の兆しか虫の音が微かに聞こえる。孝夫はふと夜空を見上げた・・夏の星座が夜空一杯に出ているかと思ったが1等星がちらほら見える程度で空が明るく感じた。子供の頃に甲府の実家で見た振るような星の数々・・あれは夢だったのか(あー夜空を見上げるなんて何年ぶりかなー・・)

 あの少女のことが朝から頭を離れない・・まるで少年に戻ったような感覚に孝夫は少し戸惑いを覚えるが心地よくもある。

(あの少女は「おじさん本当にあした来てもいいよね!」と明るく言った・・、今夜は本当に来てるのか・・もし・・来ていなかったら・・あぁー俺はどうなってしまうのだろう・・)

 恋に魅入られた少年のように情けなくも心が切なくなっていく・・。

 脚が知らぬ間に早足になっているのに気づく・・苦笑がもれる・・。

 マンションの玄関に飛び込み、ロビーを抜けようとしたとき後ろから、「お帰りなさい!」とガードマンが微笑みながら近づいてきた。

 孝夫は思わず、「私にお客さんは来なかったかい」とかすれ声で聞いた。

「いえ・・昼番の担当の連絡帳には特に何も書かれては・・」と応える。

「そう・・ありがとう・・」
 孝夫は打ちのめされた気持でエレベーターホールに向かう。

(やはり・・来ていないか・・)
(中年親父に美少女・・ありえないのに・・この俺ときたら・・)
(万引きの口封じ・・それだけのものだったのか・・)

 エレベーターを出てトボトボと部屋に向かう。なにかどっと疲れた感じで・・たった10mの距離を時々脚を止めは夜空を眺め・・深いため息をつく・・。

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