新・青い目覚め
横尾茂明:作

■ 懊悩2

 リビングの机の上に作りかけの地球儀・・その横に色とりどりのケーキ。

 孝夫はケーキの一つを取り口に運ぶ・・何の味かも分からない。

 10分前までの歓喜に満ちたあの期待は一体何だったのか。机に散らばる地球儀のジグソー片を取り上げ見つめた・・(プラハか)・・昨夜少女が最後に嵌めた右横の片と気付く・・その偶然に不意に涙が溢れた、涙はとめようもなく次々と溢れては机に零れる・・。

 孝夫は(年甲斐もない!)と自己を叱咤するが嗚咽は喉奥から止めどもなく洩れてくる。涙に霞むチェコのジグソー片をはめ込む・・地球儀はもう涙に霞んでおぼろにしか見えない・・。

 地球儀を物憂く両手で掴むと徐々に力を込めた・・パラパラと無惨にジグソー片が零れる。
(どうして・・どうして来てくれないんだ・・昨夜はあんなに来ると言ったのに・・)

 少女の面影が去来する・・胸にすがって泣きじゃくった少女・・。
「絵美・・もう・・おじさんから離れられないの」
「おじさん・・明日も逢いたい」
「さっきも言ったよ、おじさんじゃないとダメだって」

(あぁー・・・・・あの言葉は何だったのか・・)

 孝夫は髪を掴んで苦悶する・・(こんな想いには・・耐えられない!)
(妻と娘を一度に亡くしたあの日以来・・)

 孝夫は少女に恋以上の想いを抱いていたことを初めて認知した。たった一日の情事とはいえ・・心の底で感じ合い・・朝からの想いは、生前に愛した女にいま・・時代がずれてやっと出会えたなんて・・馬鹿げた荒唐無稽に酔った自分が情けなくもあり・・消え入りたいほどの苦痛も・・。


 次の日・・孝夫は陽光を背に受けレジの前でぼんやり座っている。店の店員は社長の放心状態を訝しむが・・声を掛けられぬ雰囲気が社長の周りには漂っていた。

 客が「これ下さいな」と声を掛けても上の空・・店長が慌ててレジに飛び込む始末。

「社長・・どうされたのですか」
 店長が我慢しきれずに困惑顔で問う・・。

「ああ・・店長か・・もう帰るわ・・体がだるくてな・・」

「病院に行かれては・・」

「いや・・たいしたことはない・・少し寝ていれば治るから・・」

 孝夫はトボトボと店奥に行き・・着替えて裏口から店を出る。商店街は相変わらずの賑わいを呈している。少女がお辞儀をしながら振り返り振り返り消えたこの雑踏・・(あの少女は一体・・何処から来て何処に去ったのか・・)

 孝夫は少女の学校名は覚えている、その学校に図書を入れている関係上・・少女を探そうと思えば出来ないことは・・。しかしいい年をしてみっともないとの想いが強く自己を規制していた。

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