新・青い目覚め
横尾茂明:作

■ 懊悩3

 孝夫はブラブラと商店街を歩き喧しいパチンコ屋の前で立ち止まり・・フラっと中に入る。何をしているのか判然とはしなくても玉は容赦なく皿に溢れた。店員が「お客さん溢れてますよ!」と舌打ちしながら玉を箱に移す・・。

 玉はすぐに溢れる・・もう箱に移すのさえ面倒になってきた・・、隣の男に、「すみません、全部差し上げますからどうぞ」と言って席を立つ。隣りの男はポカンとした顔で孝夫を見送った。

 店を出た時、辺りはもう薄暗くなっていた、マンションまでの道のりが途方もなく遠く感じられる・・。

(あー・・俺はどうなってしまうのか、あの少女1人の存在がこんなにも俺を苦しめるとは。40過ぎの恋は辛いと聞いたことが有ったが、こんなに狂おしいものだったとは・・)

(しかしこれは本当に失恋の悲しみ・・なのか・・)
(俺は躊躇しながらも・・何故あの子にとけ込もうとしたのか)
(あんなに頑なに・・人に心の内を見せるのを拒否してたこの俺が・・)
(あの子に・・この俺がとけ込む程の受容力が有ったとでも言うのか・・)
(有るわけがない・・少女の存在を因子に己を何から解放したかったのだ!)

 運河をわたる風は孝夫の心にも吹きすさび・・知らぬ間に頬に涙が伝っていた・・声をあげて泣きたかった・・あの少女の体を知ったから辛い?・・否・・否。

 忘却したはずの妻と子を失った悲しみ・・あのとき・・旅という余裕孤立のなか無意識を装って精神のダメージを計り、生の執着を外界の騒音で等価し自己保存したことの後ろめたさ・・もう忘却したはずなのに・・。少女を失い久々に思惟に没頭したことで・・消し込んだはずの亡霊を浮かび上がらせた己が弱さを恨む?・・のか・・。

 孝夫はもう分からなくなっていた・・苦悩は過去から現在を脈絡無く繋ぎ合わせる・・
(いや・・妻や子より・・今はあの子・・あの子が欲しい・・)

 いくら考えても振り出しに戻ってしまう・・少女の存在。
(あの少女は何なんだ! あの甘い言葉は戯れ言なのか・・いや・・昨日は来られなかったんだ・・そう! 急な用事で来ることが出来なかった・・)

 運河を渡り終えたとき・・少女は都合が悪くて来られなかった! を確信を帯びた形で飲み込んでいる自分をあざ笑った・・
(あぁー呆けてしまったな・・)

(哲学的思考にのめり込んだり、性の欲求で動物感に短絡したり・・少女の面影を求め少年の様に酔ったり・・しかしどう考えても・・やはり恋・・なのか)

(この歳で恋?・・馬鹿な・・馬鹿な・・)

(あぁーどうしても忘れることが・・出来ない)

(こうなったら明日から探そう・・もうこんな苦しさには耐えられん! 恥も外聞も捨ててやる! 少女の口からはっきりと拒否の言葉を聞かなければ・・)

(しかしその言葉を聞いたら・・俺は自制出来るのか・・自制できるのか!)

 考えれば考えるほど落ち込んでいく自分を持てあましながら孝夫は夜空を見上げた・・夏の星座は街の明かりで霞んでいる・・
(アー旅に出ようか・・)

 孝夫はまた逃避の傷心旅行を思い出した・・
(時が傷を麻痺させる・・そうしてまた群衆の中に何食わぬ顔で帰る・・そうするか・・)

 高層マンションの上に一際明るい星が輝いていた。

(一番明るい星の下が我が家だったんだなー・・んん?・・)

 見慣れたマンションの最上階から3階下の明かり・・
(俺の部屋付近? まさか・・)

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