僕の転機
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■ 第2章 救いの手18

 物心着く前に母親を亡くし、気が付いた時にはずっと父一人子一人の生活だった。
 身長は有るが、腰が曲がり、最近杖無しでは、歩く事も出来ない父のヨボヨボの顔。
 革の縫製や、素材の違う物を組み合わせる繊細さや、小さなギヤを組み上げて行く精密さ、ましてや最新のプログラム技術が必要な、制御部を組み上げる知識など、あの父親が持ち合わせているとは、とても思えない昌聖。
(父さんがなぁ…、多分あの年じゃなかったら、候補に入ったと思うけど…)
 溜息を吐きながら、考える昌聖に
「見た物や感じた物を、信頼するのは良い事だが、それに頼りすぎると、本質を見落とす…固定観念は捨てろ」
 宗介がソファーにもたれ掛かり、ビールを飲みながら言った。

 宗介のヒントにデーターのみを当て嵌める、するとやはり答えは、一人にしか行き着かず、その名前を口にする。
「宗介さん、あれ本当に父さんが作ったの?」
 昌聖の答えに、やれやれという表情を浮かべながら
「そのとおりだ。お前は信用できないみたいだが、お前が生まれる前から、ずっと大幹部だった人だ」
(本当に狸爺だな…ずっと一緒に暮らしていた昌聖に、ここまで、正体を知られて居ないなんて…)
 ビールを煽り、答える。
「それより、昌聖。今日の調教で分かった事をまとめるぞ」
 宗介が調教を行って感じた、3人の性格や性質に対する分析結果を話し出した。
「先ずは、美由紀からだ基本的な性格は、狡猾で頑固、我が儘で調子乗り。その為、人の言う事は頭から信用せず、自分の判断に自信を持っていて、言葉や表面上の演技でのコントロールが難しい」
 宗介は、ビールの缶を額に当て、目を閉じて呟いた。
「だがこいつは、痛みと恐怖心に、極度に弱い所が有るから、そこで判断力を落として、擦り寄れば簡単に落ちるだろう。基本的に俺が鞭、お前が飴を担当するつもりだが…」
 宗介は言葉を句切り、昌聖をちらりと見て
「問題は、昌聖に対する美由紀の先入観をいかにして破壊するかだ…。完全に下に見ていたお前が、明日から[はい調教師です]と言っても、あいつの気持ちは変わらないだろうな…」
 宗介の言葉に、昌聖が俯き情けない表情で謝る。
「そこなんだよ、いつの間にそんな、奴隷根性に染まったんだ?せめて、さっきの怒鳴った時の迫力が出せればな…」
 宗介が指摘すると、頭をボリボリと掻きながらまたゴメンと謝る昌聖。

 頭の後ろで手を組んで、天井を見ていた宗介がポツリと呟く。
「女でも抱くか?お前童貞だろ…。俺が紹介してやるから、一回やって見ろ。そうすれば世界観が、少しは変わるから」
 視線を向けずに、昌聖に告げる宗介。
「僕。そんなのは嫌だよ…夢を持ってる訳じゃないけど…」
「好きな子じゃないと嫌ってか…ふぅ〜。まぁ、強制されても効果は上がらないからな…」
 暫くリビングに沈黙が続き、宗介が口を開く。
「佐知子は、昌聖も知っているとおり、虐待の過去が有るから、奴隷根性が染みついている。それを強気な態度で覆い隠しているだけだから、これを壊せば何とでも成る。後は、多めに飴を与えれば、恒久的な奴隷にする事も可能だ…」
 宗介が、呟いた後大きく溜息を吐き、言葉を続ける。
「しかし、こいつにしても今のお前じゃ、手に負えないぞ…」
 宗介の言葉に、落ち込んで行く昌聖。

 また、重い重い沈黙が流れた。
 昌聖が、沈黙に耐えかねたように、立ち上がる。
「どうした?」
 宗介の質問に
「トイレ」
 と短く答えリビングを後にする。
(あ〜ぁっ…何か切っ掛けさえあればね…元々ドS何だから、直ぐにでも目覚める筈なのに…)
 また、手を頭の後ろで組み、天井を見上げる宗介。
 すると、インターホンが来客を告げる。
(誰だろう?今時分やってくる奴って居たかな…)
 腰を上げ、モニターに目を向けると、宗介の顔から笑みが零れる。
(物事は、成るようにして成る…。昔の人は良く言ったモンだ…ここで救いの手か…)
 モニターの通話ボタンを押す宗介の表情は、調教師の顔に成っていた。

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