僕の転機
MIN:作

■ 第4章 眠れぬ奴隷達2

 考えがまとまらぬうちに、自宅の玄関に到着した美由紀は、中に入り真っ直ぐ自室に向かう。
 部屋着に着替えて、シャワーを浴びる準備をして、階下に降りると母親が奥から声を掛けてくる。
「美由紀?お母さんこれから出かける用事があるから、戸締まりお願いね」
「うん、父さんは?」
「仕事で遅くなるからって、メール入ってたから、遅くなるんじゃない?」
(まったく…両親とも不倫してる家なんて、ウチだけだろうな…。別に、構わないけどね……)
 美由紀は、自分の家が既に崩壊している事を知っていた。
 夜中に抜け出して遊んでいる時、両親が違う相手とホテルに入るのをそれぞれ目撃していた。
 深く溜息をつき、浴室の扉を開ける。

◇◇◇◇◇

 美由紀とも別れ、一人になった歩美は、俯きながら歩いている。
 その頼りなげな姿とは対照的に、その目はカッと見開かれ、怒りに震えていた。
(身体が、ヒリヒリするわ…。こんな屈辱…、私の身体を鞭打つなんて…、私にあんな事を言わせるなんて…。悔しい!悔しい!)
 身の内を灼く屈辱の炎に、仕返し出来ない悔しさが絡み合う。
(何で、あんな奴が現れるのよ!お父様も、お父様よ。あんな奴に押さえ込まれるなんて!見てらっしゃい、絶対に仕返ししてやる)
 胸の前で強く右手を握り、ブルブルと震わせた。
(私のお尻に、あんな事をした報いを絶対に味あわせるのよ…。私のお尻…まだヒリヒリするわ…。あんなに広げられて…)
 自分がやった事は、一切棚に上げ、宗介に対する怒りと、自己保全に努める我が儘な思考。
(それに…、それに……。私をあんな物で、感じさせるなんて…許せない、私の身体を何だと思っているのよ…)
 宗介の調教で感じた自分の身体も棚に上げ、全て他人のせいにし、怒りに変える。
(私を奴隷ですって!許せないわ!あの女もそうよ、ただ頭が良いからって、私にテスト対策何てするから、あんな目に会うのよ!それを、あんな奴を使って仕返ししようなんて……。許さない…、絶対に許さない!私を見下すなんて許せない!)
 全て、自分より下に見なければ気が済まない性分が、この状況を作った事に気付く筈が無く、怒りを増大させる。
 しかし、その怒りがこの後、自分にどう降りかかるか、この時には夢にも想像していない歩美だった。
 自宅前に着き、大きく深呼吸をすると気を取り直して、玄関を潜る。

 玄関ホールを抜けると、リビングから談笑する声が聞こえ、そちらに向かった。
 リビングでは、5人の男女がくつろいでいる。
 恰幅の良い体にダークブルーのガウンを着た、歩美の父。
 銀髪で、ピシッとスーツを着こなしている、副社長。
 ダブルのスーツの前をはだけ、最近お腹の出て来た営業本部長の、長男。
 ノーフレームの眼鏡の下から、鋭い目線を配る秘書室長の、姉婿。
 グリーンのワンピースを上品に着こなし、ニコニコと笑いながらお酒を造る、姉。

 皆、ここ数日のTOB騒ぎで慌ただしかったのに、何処か余裕が出来た表情をしている。
「どうしたの、お父様?ヒョッとして今回の会社の事?」
「ああ、歩美か。こんな時間まで何処に行ってたんだ?まぁ、良い。そうだ、今日先方から意外な連絡が入ってな」
 父親への質問を上機嫌の兄が父親より先に、歩美に話し出す。
「突然、今回のTOBに関して、話し合いの場を持ちたいと、言って来たんだ。しかも、交渉相手は、向こうのトップが直に来る」
 兄の話を副社長の落ち着いた声が、引き継ぎ話し出した。
(トップってCEOよね?じゃぁ、あの男が話し合いに乗り込んでくるって言うの…)
 歩美が、思いを巡らせてる間に、父親が話を続けた。
「そうだ。うちなんか中小企業に見える、ヨーロッパでも10本の指に入る企業のトップが、わざわざ来日して交渉のテーブルに着き、話を煮詰めたいと、今日依頼の電話が有ってな、CEOの予定が空き次第来日する。しかも、その間、我が社に対する買収工作は、一切しないと誓約書まで送ってきた」
 感情を押し殺した声で、淡々と話す。
(CEOが来日?えっ!じゃあ、あいつは何者?……そう、嘘を付いてたの…そうよね、あんな年でCEOなんて。フフフッ、見てらっしゃい)
 勝手に理解し、ほくそ笑む歩美。
「ほら、これが写真だ。滅多に表に出ない人らしいから、写真が中々取り寄せられなくてな。これも今日届いたんだ。真ん中に写ってるかなり、若い青年だ」
 父親が、意味有り気に歩美を見ながら写真を差し出す。
 その写真を受け取り、愕然とした歩美。

 写真の中に写っているのは、7人程の人の輪に囲まれ、最も堂々とグラスを掲げる宗介の姿だった。
(やっぱり本当だったの…。ヨーロッパで、10本の指に入る会社の社長なんて…何なのよ…)
 写真を見ながら、ポツリと歩美が質問する。
「お父様。この人をもし、何かの理由で怒らせたらどうなるの?」
 歩美の質問に、父親がグラスを見詰め答える。
「うちの会社は、あっと言う間に吸収されて、うちの一族は莫大な借金を抱えるだろうな。実際、何社かそう言う目に有ってるみたいだ」
 父親の話に、力が抜けていく歩美。
「そう、そう言う人なんだ…この人…。お父様、今日は疲れたので、もう寝ますね。お休みなさい」
 そう告げると写真を返し、リビングを出て自室に戻る。
(何で、何で私がこんな目に会うのよ…。酷い…酷すぎるわ…かわいそう、こんな私かわいそう過ぎるわ…)
 ベッドに突っ伏しながら、涙を流す。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊