僕の転機
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■ 第6章 回り出す歯車3

 不安そうな、表情を浮かべ出す佐知子。
「ちゃんと使い分けられるなら、二人っきりの時限定でOKだよ」
 笑いながら昌聖が言うと、足に縋り付き昌聖の腿に顔を擦り付けながら
「ありがとうございます、昌聖様、昌聖様、昌聖様……」
 何度も何度も、名前を呼んだ。
 昌聖は、佐知子の顎に手を添え、顔を上げると自分の顔を近づける。
 佐知子は、昌聖を受け入れるべく瞼を閉じた。
「佐知子、ごめん。喉が凄く渇いたから、あっちのキッチンに行って、飲み物を取ってきて欲しいんだ」
 と佐知子の気持ちを、はぐらかすように言った。
 佐知子は、そんな事とは知らずハッと目を開けると、しどろもどろに成りながら
「は、はい。飲み物ですね。只今持って参ります」
 急いで四つん這いになり、キッチンに向かって行った。
 大きな尻を左右に振りながら、四つん這いで歩く佐知子の姿は、とても淫靡だ。
 その後ろ姿を満足そうに、酷薄な笑みを浮かべ見詰める昌聖。

 佐知子は、キッチンに向かいながら、激しい自己嫌悪に襲われていた。
(私、駄目ね…昌聖様がどれだけ優しくしてくれても、私みたいな汚い女に、誰がキス何てしたいと思うの…自分の、過去を忘れるなんて、本当馬鹿…それに、ついさっき自分の過去を全部告白したじゃない…夢を見るなんて、本当に…馬鹿)
 佐知子は、幼少の頃から性的虐待を受けては居たが、キスという物を今まで一度も経験した事がなかった。
 唇を舐められるという事は有っても、唇を合わせるという事は経験した事がなかったのである。
 その為、佐知子はその口づけを汚れきった自分の中で、唯一神聖な行為と位置づけて、自分の望む者との口吻を夢見ていた。
 そんな事を考えながら、項垂れつつキッチンに向かう、佐知子を観察していた昌聖は
(面白い…佐知子は、明らかにキスに対して、特別な想いを持っている。ただ、それがどの類かだな…)
 鋭い観察力で、佐知子の表情の変化を読み取った、昌聖が考え込む。

 キッチンに這って行った佐知子は、冷蔵庫を開けて飲み物を取り出すのは、立たないと駄目な事に気付き、昌聖に伺いを立てる。
「昌聖様、冷蔵庫を開けて飲み物を取り出すために、立ち上がっても良いですか?」
 佐知子がキッチンから大きめの声で聞いてきた。
「良いよ、そのままこっちに、歩きながら持って来て」
 昌聖が、返事を返す。
 するとキッチンから冷蔵庫を閉める音がすると、小走りに佐知子が駆けてきて、昌聖の前にチョコンと正座し、両手で清涼飲料水の缶を差し出す。
 昌聖がその缶を見て
「このままじゃ、飲めないよ」
 佐知子に笑いかけると
「あっ、気付かなくて済みません」
 と急いでプルトップを開け、また両手で捧げ持つ。
 昌聖が、それを受け取り一息で半分ほど飲み干すと
「佐知子は喉が渇いてない?」
 優しい顔で佐知子の目の前に、缶を差し出した。
「あっ、すみません私も実は、さっきからカラカラで…」
 そう言って俯きソッと手を差し出そうとした。
 その手を制しながら、昌聖が佐知子の前にしゃがみ込むと、清涼飲料水を拭くんだ唇を、佐知子に合わせて、注ぎ込んだ。

 突然の行動に、身体を強ばらせた佐知子は、昌聖の眼を至近距離で覗き、次第に身体の力を抜いて、最後にはウットリとした表情さえ浮かべていた。
「此処まで、歩くのを手伝ってくれたお礼だよ。嫌だったかな…」
 昌聖の言葉をボーッとした表情で聞いている佐知子。
(今のは、キス?口移し…何?何で昌聖様…キスして貰った…私、初めてキス、ううん。口移しで飲み物を貰っちゃった…)
 頬を赤く染め、ペタンと腰を落とし放心状態になっている、佐知子を驚きながら見下ろし、声を掛ける。
「佐知子、どうしたの大丈夫?」
 その声に我に返った佐知子が、顔を赤く染め姿勢を正し
「な、何でもないです。私は大丈夫です」
 俯き小さくなりながら、大きめの声で返事をする。

 佐知子の思ったよりも過剰な反応に、笑いを堪えながら、
「御免」
 済まなそうに謝る。
「いえ、謝らないでください。私…私…」
 佐知子が言葉を続けようとした時、昌聖が佐知子に言葉を被せる。
「いや、良いんだ…僕みたいな奴が、口移しなんて…」
 顔を手で覆い、背ける。
「そんな事、そんな事無い…」
 佐知子がさらに、言葉を続けようとするが
「良いんだ、言い訳なんてしないでくれ…そっちの方が辛い……」
 佐知子の言葉を断ち切る昌聖。

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