僕の転機
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■ 第6章 回り出す歯車5

 美由紀にとって永遠とも思える30秒。
 それを冷静に見詰める美咲。
 30秒が経った事を、美咲が美由紀の肩を叩いて告げる。
 しかし美由紀は、一向に顔を上げる気配を見せない。
 美咲は、洗面器の端を掴み思いっきり引き上げ、洗面器を美由紀の顔の下から抜き取る。
 美由紀は顔から水が遠のいたのを洗い場の床に、額を打ち付けた事で知った。
「もう終わったわよ。よく頑張ったわね」
 美咲は今日初めて、美由紀に感情の籠もった笑みを見せた。
 美由紀はその笑みに安堵したのと、自分がやり遂げた事に対して涙が溢れてきた。
 そんな美由紀を見詰めていた、美咲はスッと立ち上がり
「美由紀、脱がせなさい」
 と命令する。
「はい…」
 美由紀は素直に返事をすると、美咲の後ろに回りボンテージを脱がせ出した。
 美咲の後ろで脱がせ方が解らない、美由紀に美咲が指示を出し手順を教える。
 美由紀は苦労しながら、何とか美咲の服を脱がせると、綺麗に折りたたみ脱衣所まで運んだ。

 美由紀が戻って来た時、美咲は湯船に浸かり目を閉じていた。
 湯船の横に跪いた美由紀が恐る恐る美咲に声を掛けると、
「中に入って良いわ。向き合うも背中を預けるも、美由紀の好きにしなさい」
 眼を瞑りながら、美咲が答えた。
 美由紀は湯船の中に入り、美咲の正面に膝を抱え座る。
 暫く俯きながら上目遣いで盗み見るように、正面でくつろいでる美咲を見ていた美由紀。
「あの〜っ、一つだけ許された質問をしたいんですが…」
 意を決しオドオドした声で、口を開く。
「良いわよ何でも一つ答えて上げる、質問して…」
 美咲は、姿勢を変えず美由紀に返事をした。
「あのっ…何でそんな風になったんですか?」
 美由紀の質問に閉じた目を開きながら、顔を持ち上げ目線を合わせ
「それはどう言う意味?そんな漠然とした質問で、美由紀の望む答えが返ってくると、本気で思ってるの?」
 鋭い美咲の指摘に口ごもる、美由紀。

 ジッと、美由紀の目を見詰めていた美咲は、視線を外して小さく息を吐く。
 暫くの沈黙の後、
「本来なら、今ので終わりだけど、一つだけ教えてあげるわ」
 また、頭を湯船の縁に戻しながら、目を閉じる美咲。
「私は、見つけたの…私自身の存在意義を…」
 ぽつりと呟くように、美咲が答えた。
 美咲にとっては、それが全てを表す言葉だったが、美由紀にとっては何を意味するか、全く理解できなかった。
 はぐらかされた、感じになった美由紀が、再度聞いて良いのか迷っていると
「解らない?美由紀は自分が何で、此処に居るかとか考えた事はない?」
 美咲の質問に、ドキリとして首を横に振る。

 美由紀の回答に、溜息をつきながら、質問の内容を具体的にする。
「例えば、美由紀は自分の中で、人に言えないような事…人が聞いたら眼をひそめるような事で、悩んだ事はない?」
 ユックリと、語り出す美咲の言葉に
「それは、有ります…」
 オドオドと、返事をする。
「じゃ、自分が自分の本来の気持ちを歪めて、人に追従したり、本当の気持ちを抑え込んだりした事は?」
 美咲が顔を上げ、正面から美由紀を見詰めて問いかける。
「そ、それも有ります…」
 美由紀は、気圧されたように頷く。

 軽く目を閉じ、何かを思い返すような表情で美咲は続けた。
「それが、より自分の本心に近い物だったら、それをねじ曲げる苦痛は、相当な物だわね…」
 美咲の言った言葉に、入り込んで来た美由紀が
「それは…それは私も本当にそうだと思います!」
 美咲の目を見詰めながら、大きく頷く。
 そんな美由紀を見詰めて、フッと表情を緩ませ
「自分の存在意義を見つけると…そんなものが、全て無くなるの…どうでも良くなるの…」
 静かに、薄い有るか無いかの微笑みを浮かべ、陶然と話す美咲。
 そんな美咲の話を聞いている美由紀は、ゴクリと大きく唾を飲み込み、言葉を続ける美咲に見とれていた。
(美咲…綺麗…変わったのは、態度だけじゃない…全部…美咲自体が全く別の生き物になった感じがする…)
 美咲を見詰める美由紀の身体は、プルプルと小さく震えていた。
「私が今貴女に対して、取っている行動。それだけじゃない、自分の生死も…その全てが、取るに足りない瑣末な事に変わるのよ…」
 美咲はハァと熱い息を吐きながら、恍惚とした表情で話す。
「それを私は手に入れたの…昨日の夜……」
 話し終え、恍惚の表情で俯き、何かを思い出しているかのように、黙り込む美咲。
 美由紀は、美咲の話しに心を完全に奪われてしまっていた。

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