僕の転機
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■ 第10章 究極の飴と極限の鞭1

 3人は、少しずつ学生の増えてきた、廊下を教室へと戻る。
 歩美は、佐知子に昌聖の荷物をソッと手渡し、美咲と教室に向かう。
 美咲達が自分の教室に入って行くと、歩美の登場に教室がざわめく。
 昨日の夜から報道されている、歩美の父親の会社に対する、犯罪疑惑が理由だった。
 自分の机に向かう歩美にヒソヒソと、しかし、聞こえるような大きさで、誹謗中傷を投げつけるクラスメート。
 この歩美に対する態度は、今まで女王然とした行動に対する、全員の総意だった。
(やっぱり、こんな物ね…。この程度の人達の言う事は…、私も相手にしてないわ…)
 歩美は、心の中で虚勢を張ろうとするが、上手く行かない。
(大丈夫…。私は、この程度の事…、乗り切れるわ…。大丈夫よ…、大丈夫…)
 自分に言い聞かせる歩美だが、その頬に一筋二筋と涙が走る。
(あれ…。何…、これ…。私は…、大丈夫…、大丈夫…)
 歩美の身体が、ドンドン小さく縮んで行くように見えた。

 そんな歩美を見ていた美咲は、美由紀が入り口からキョロキョロと中を覗いているのに気が付いた。
 美咲の姿を見つけると、小走りで駆け寄って来て
「美咲さん…。ちょっと良いかしら?」
 切羽詰まったような、口調で話しかける。
 美由紀の目の下には、深く濃い隈が出来ている。
「どうしたの美由紀さん?私に何か御用?」
 少し、威圧を含ませて、美由紀に答える。
「あっ、あの…少し…少しだけで良いから、お話させて」
 美由紀は、途端に萎縮し懇願する。
(この子も、もう限界ね…でも、この子は佐知子とは違う…私達とは、別の匂いがする…)
 美咲は、冷たい視線を一瞬美由紀に送ると、笑顔を見せ
「ええ、構わないわよ…どうぞ」
 用件が解っているのに、教室の中で続きを話せとばかりに、催促する。

 口ごもった、美由紀にクスクスと笑い
「ここでは、困るようなお話かしら?」
 小首を傾げて、ちらりと時計を見る。
(後、3分ね…)
 美由紀は、モジモジとしながら、廊下の方に目配をせする。
(この時点で失格よ…意見が有るなら、リスクに怯えず言ってみなさい!…こんなのに怯えてた私が情けないわ!)
 取り澄ました顔で、美由紀の仕草を無視する。
 業を煮やした、美由紀が口を開こうとした時、始業のチャイムが鳴り出した。
「席へ戻った方が良いわよ、もうすぐ先生がいらしゃるわ」
 含み笑いを浮かべ、冷たく言い放つ。
 ガックリと肩を落とし、自分の席に向かう美由紀。

 ロングホームルームと1時限目の授業が終わるまで、後ろの席からジッと睨む視線を感じていた。
 美咲は、授業終了と同時に、放送で職員室に呼び出された歩美と一緒に教室を出る。
 美由紀は、そんな美咲の行動に次の相手を探し出した。
 隣のクラスに行き、佐知子を捜す美由紀。
 佐知子は、一人机に座り一点を見詰めて、何か考え事をしているようだ。
「佐知子さん。ちょっと良いかしら」
 美由紀は、後ろから佐知子に声を掛ける。
 ハッと振り向いた佐知子は、美由紀の顔を見て、あからさまに落胆の表情に変わる。
「どうしたの…?私ちょっと考え事が有るの…。一人にして下さる」
 呟くように言うと、また一点を見詰めて、考え込む。

 しかし、美由紀は見逃さなかった。
 振り向いた時の、佐知子の表情。
 満面に媚びを浮かべ、一瞬でほんのりと頬を染めた、あの表情。
(佐知子…。貴女…、まさか…?そうなの…)
 驚愕の表情で後ずさり、踵を返して教室を出る。
(嘘…、佐知子まで…。みんなして、私を置いて行く…。仲間外れにしないで…、私を置いて行かないで…)
 半分泣きながら廊下を歩く美由紀の前を、一人の男子生徒がよぎった。
(近藤君…。昌聖さん…)
 美由紀は、必死にその後ろ姿を追う。

 美由紀が追いついた時、その傍らには一人の美少女が、立っていた。
「あら、美由紀さん…。近藤君に何か御用?ご免なさいね。近藤君は今から、私とお話があるの…」
 美咲が美由紀に、冷たく言う。
「ごめんね。松山さん…次に、暇が有ったら、君の話を聞くから」
 そう言った後、擦れ違いざまに小声で、
「君は、部外者だから今は余り関与しないで…」
 昌聖が言い、続いて美咲が
「言葉と態度には、全て意味が有るって言わなかった?…」
 小声で問い掛ける。

 2人の言葉を聞いて、呆然と佇む美由紀。
 そんな美由紀から、充分離れると小声で美咲が
「あんな感じで宜しかったでしょうか…」
 確認すると
「充分だ。これで気付かなければ…、終わりだ…」
 2人が教室に消えた時、2時限目の始業を知らせるチャイムが鳴る。
 美由紀は、ブツブツと2人の言葉を反芻しながら、教室に戻った。

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