僕の転機
MIN:作

■ 第13章 僕の転機2

 料理の大半が出来上がった頃、宗介が美咲の家に到着した。
 ジャケットをラフに着込み、手にはワインボトルを握っている。
「お兄さんて、いけるんだろ?」
 テーブルの上にワインを置いて、美咲にウインクしながら聞く。
「はい…。有れば、有るだけ飲みます…」
 美咲が表情を沈めながら答える。

 そんな美咲を見ながらクスクスと笑い、しきりに手を首の後ろに回す宗介。
 訝しんだ昌聖が、宗介に質問した。
「宗介さん…。首どうかしたの?」
 昌聖の質問に宗介は、苦笑いを返し
「ん〜っ…。嫌な…、凄く嫌な予感がするんだ…。歩美が返されるって、電話を受けた時から…」
 真剣な表情で昌聖に答える。
(以前言ってたよな…。宗介さんの嫌な予感は、外れた事無いって…。歩美の身に何か有ったのか…)
 不吉な予感に襲われる昌聖。
 しかしそれを知る手段を一切持たなかった。

 料理も作り終わり、ダイニングの椅子に座りながらコーヒーを飲む宗介は、フッと有る事が気になった。
「美咲ちゃん…。左側の部屋ってお兄さんの部屋だよね………見せて貰って良いかな?」
 宗介がコーヒーカップを持ちながら、立ち上がって聞いた。
「ええ…構いませんけど…どうしたんですか?」
 美咲の質問にも答えず、宗介は扉の前に立ち、おもむろに開く。

 数瞬立ちつくした宗介の手から、コーヒーカップが落ちる。
 宗介の口から、零れ落ちたコーヒーカップは、床に当たってカシャンと砕け、取りこぼした宗介は、俯き、踵を返しながら
「ゴメン美咲ちゃん。カップは、後日弁償する。俺、帰るわ…」
 そう言って玄関に進み、靴を履く。
 扉に手を伸ばした宗介の手は、宙を掴んだ。

 宗介が掴むより一瞬早く、扉が開いたためだった。
「宗介!何処行くつもりだ!久しぶりにあったんだ、ユックリしてゆけ…」
 扉を開けた主は、低い恫喝を込めて、宗介に話しかける。
 頭を抱える宗介と、美咲の[お兄ちゃん]と言う言葉が同時だった。
 玄関に現れた巨躯の人物は、美咲の兄であり、宗介とは旧知の間柄のようだ。
「まさかな…。こんなどんでん返しがあるとわ…、汚いよ…!優瞬さん…」
 宗介が玄関に尻餅を付いた状態で、男を見上げながら呟く。

 優瞬と呼ばれた人物は、ガハハと笑いながら靴を脱いで入ってくる。
 年の頃は30前半、身長180p、体重は100s程だが、全身の筋肉が一切緩んでないのが、スーツの上からでも解る。
「爺さん知ってたな…。これか…?昌聖の加入見送りの原因…。まさかな、美咲ちゃんがミニスターの妹だなんて…」
 宗介が苦笑しながら頭を掻き、諦めたように部屋に戻ってきた。
 ダイニングの椅子にドッカと腰を下ろすと、ふて腐れた少年のような表情になる。
「まあ。今回の事では、お前の行動は及第点だった…。が…まだまだ見落としが多い…。近藤翁に何を言われた?あの人は必要のない事は言わん!それに気付かない未熟さを恥じるんだな…。そんな事では、あいつらに足下を掬われるぞ…」
 優瞬の言葉に苛立った宗介は
「あんたの言う事、やる事は、無茶を通り越して無謀だよ!今回は良いよ…。命が掛かってないし…。この間の任務だって何回死にかけたか…」
 宗介の言葉に、優瞬が低い声で話し出す。
「命が掛かってないだと…?あのお嬢さんの命は掛かってなかったのか…」
 優瞬の指差す玄関には、歩美が佇んでいた。
「お前のその浅薄な考えで、このお嬢さんの生涯は、終わりかけたんだぞ…。幸いお前の側に、このお嬢さんを救う要因が有っただけだ!マスターとも有ろう者が恥を知れ!」
 激しい叱咤にも宗介は動ぜず、反論する。
「優瞬さん…。貴男の言う事は、尤もかも知れない…。でもね、パジャマで冬山に放り出したり、人のアパートメントの水道に毒物混入したり、プライベートジェットに爆弾仕掛けたり、プロの殺し屋雇ってよこすような人の言う事、真剣に聞けると思ってるんですか?」
 余りにも突拍子もない会話に、昌聖一同目が点になる。

 ただ一人、美咲だけが(この兄ならやりかねない…)と深く頷いていた。
「そもそも、貴男なら今回の件…。全部知ってたでしょう…?実の妹が虐められてるのも、近藤翁の孫が関係してるのも、協力者の娘の事も、マテリアルの関与も、ぜーーんぶ知ってたはずだし。今回の件に関する情報操作もしたでしょ!違いますかミニスター!」
 宗介の言葉に、何の躊躇いもなく[うん]と答える優瞬。
 頭を抱え、諦めた宗介は
「良いです…。もう…、10年前から貴男は変わらない…。で…、今回の件で出張って来たのは、こいつの処遇でしょ」
 昌聖を指さし宗介が質問する。
「そうなんだ…。近藤翁の孫…、昌也さんの息子で…、妹の主…。そんな男をこの目で確かめたくてな…」
 一言ずつに増えるプレッシャーは、昌聖を金縛りにする。
 それは、昌聖の目の前に巨大な獣が出現したかのような錯覚を与えた。

 優瞬は、暫く昌聖を見詰めた後、ボツリと呟いた。
「良いだろう…。宗介、お前が育てろ…。しかし、課題は俺が出す…。俺が妹の主に相応しいように育てさせてやる」
 宗介は、昌聖の死刑の執行を宣言されたような気になってしまった。
 これが昌聖に取って地獄のような日々の始まりだった。

◇◇◇◇◇

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