ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第2章 新しいボク7

 - カノジョ -

 ツーリングを約束した日曜日、案じていた雨は明け方にはあがり、空気は澄んで爽やかな朝を迎えていた。

 竜之介は一週間前に恵理と出会ったカフェ・ガレットに向かってバイクを走らせた。

 男として恵理に会うのは女装して会った時よりも一段と緊張している。 

 先週は恵理と打ち解けられたと思っていたのだが、時間が経つと女装をした生身の”たっち”を面白がっただけで、素の男の竜之介に恵理が興味を持ってくれるのか不安で仕方がない。

 店に着くと既に恵理は前と同じオープン席に座っていた。

「たっちさん。 おはよ〜ございます」

 竜之介に気付いた恵理は大きく手を振り、柔和な笑みを浮かべて竜之介を迎える。

「おはよー」

――やっぱり、この子はいいなあ、、、

 恵理の笑顔は一瞬にして竜之介の緊張を溶かし、先週居酒屋で別れた時の二人の空気感に戻ったように思う。

「たっちさん。 朝ご飯食べたの?」

「ううん」

「ここのモーニング、とっても美味しいですよ。 一緒に食べましょ」

「うん」

 普段は朝食を食べない竜之介だが、恵理の心地よいリズムに乗せられ、久しぶりに朝食を口にすることにした。

「どうですか?! 口に合います?」

「うん。 旨い」

 初めて口にする食べ物だが屋号に謳っているだけあって、クレープに似た生地にハムや卵が包まれたガレットはとても美味しい。

――ふふっ。 美味しいのは恵理が目の前にいるからかもね

 竜之介は心の中でにやつきながら、ガレットにかぶりついた。

   ◆

「どうぞ。 散らかってるけど、、、」

「おじゃましま〜す」

 富士五湖までツーリングを楽しんだ竜之介と恵理は、竜之介の部屋で夕食に鍋を囲もうと食材を買いこんで戻ってきた。

「きゃ〜〜っ! 女の子の部屋みた〜いっ!」

 恵理はベッドの上で子供のように身体を弾ませながら、竜之介の部屋を見まわした、

「この前も言ったけど、元カノと別れてからは、女装グッズを隠す必要なくなったからね」

「そっかあ〜。 でも、男のお友達とか来たりしたら困らないの!?」

「う〜ん、、、 部屋に友達を呼ぶことってないなあ。 あっ、一度、先輩が酔っぱらっていきなり来た時は慌てちゃったけどね」

「今日話してたプロレス好きの先輩ねっ?! うふふっ。 ばれなかったの?」

「うん。 ヤバかったけどね」

「うふふっ。 さあ、お腹すいちゃったね。 直ぐに用意するからたっちはお風呂入れば?! 身体、冷えてるでしょ」」

「う、うん」

 恵理は買い物袋を手に台所に向かった。

   ◆

 二人は鍋をつつきながら、今日のツーリングでの出来事や、学生の頃の思い出話を語らい、とても楽しい時間を過ごした。

「ふ〜っ、、、 お腹、いっぱい、、、 美味しかったね〜〜〜っ、たっち。 ごちそうさまでした」

「うん。 美味しかったっ。 恵理がこんなに料理が上手だとは驚きさ。 ごちそうさま」

「あ〜〜っ! お鍋だから材料を切って煮るだけだもん、誰が作っても同じだよ。 たっちお勧めのあのポン酢だったから美味しかったのよ!」

「そうそう! あの旭ポン酢の味を知ったらもう他のは食えなくなっちゃうだろ?!」

「そうかも! 今日のお返しにお家にお招きしてご馳走してあげたいけど、叔母さんの家だからちょっとねえ。 また今度、ここで得意なのを作ってあげるね」

 恵理は直ぐ近くの遠縁の叔母のマンションに住んでいる。 同居していた息子夫婦が中国に赴任している間、独りきりになる叔母のために頼まれてのことらしい。

「うん。 楽しみにしてる」

「あっ、、、 もうこんな時間だわ。 大急ぎで片づけて帰らなくっちゃ」

「えっ、、、 もう帰っちゃうの、、、 まだ10時だよ」

「帰っちゃうのって、、、 おばさんにそんなに遅くなるって言ってないし、、、」

 じっと見つめる竜之介の瞳を見ると、何を欲しているのか恵理にはわかる。

「だって、、、 あ、明日、仕事だし、、、 出会ったばかりだし、、、 あの、、、 あっ、、、 ダメッ、、、」

 竜之介は、恵理を抱き寄せ、唇を重ねた。

――柔らかい唇だ、、、 

 竜之介は恵理の華奢な体を抱きしめ、強引に唇を奪った自分らしくない行動に我ながら驚いてしまった。

「あぁぁぁ、、、 竜之介さん、、、 好きっ」

「恵理。 ボクもさ」

 竜之介は恵理の身体を抱きかかえ、ベッドの上にそっと下ろした。

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