ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作
■ 第4章 翻弄3
―パーラー―
《今日の撮影、頑張ってね〜! みちるの可愛い画像が届くのを心待ちにしてます》
シアトルの恵理からメールが届いていた。
「ふぅ〜、、、」
――恵理は期待してるけどできれば今日の撮影、断れないかなあ?! でもドタキャンすると迷惑だろうし、行くしかないかあ、、、
憧れていたJULLYの撮影日なのに、昨日の事があって女装姿で外出する事が怖くて竜之介の気分は重く沈んでいる。
「くっそーっ! どう考えてもあったまきちゃう、、、」
朝食を食べながら昨日の渋谷東署での出来事を思い出すと、改めて怒りと恥辱が込み上げてきた。
――あんな取り調べがあるもんか! あいつら絶対ボクを弄んでただけなんだ、、、
お尻の中にクスリを隠していないかと言いがかりをつけ、ボールペンでア×ルをかき回される行為に、図らずも感じてしまった自分が情けなくて、今でも信じられなかっ
た。
「そうだ! 久しぶりにパチンコ、しちゃおっかなっ。 確かあの機種はもうホールに設置されてるはずだよね」
そう思い立つと竜之介は少し胸のモヤモヤが晴れた気がして、通勤用のデイバックから小さなメモ帳を取り出した。
「あった! これだ」
竜之介の勤めるゲーム開発会社・デジタルシステムワークスにはパチンコ・パチスロの開発チームがあり、最近同期のスタッフに新機種の攻略パターンを教えて貰った
ばかりだった。
週末は恵理と過ごす様になってからはとんとご無沙汰になっているが、以前は教えてもらった攻略法を駆使してスロットで随分と小遣いを稼いでいたものだ。
次々と新機種と入れ替わってしまうので、ブランクの間にパターン情報を知っている機種がホールからなくなってしまうのも足が遠のいていた理由だ。
――JULLYとの約束は3時だから、、、 4時間は遊べる! あっ、、、 でも、、、 女装でパチンコ屋さんかあ、、、
撮影現場には”みちる”として行くのだから、当然パチンコ屋へも女装姿で行くことになる。 竜之介は今まで女装をしてパチンコへ行ったことが無かった。
食事をしたり、ショッピングしたり短い間の人々との接触はドキドキして楽しめるのだが、パチンコホールでは腕が擦れ合うほどの近距離で隣り合う人と何時間も過ごすこ
とになるので、ばれるのが怖くてずっと避けていたのだ。
――今日で女装するのは最後だし、、、 え〜いっ、行っちゃお〜っと!
ひとたび行く事に決めてしまうと心は踊り出し、竜之介はウキウキと身支度を始める。
――そだっ! どうせなら約束のフォトスタジオとも近いし、会社の帰りによく行ってたパーラー・ビッグウェーブに行ってみよっかなっ?!
たくさんの顔見知りに最初で最後の可愛いみちるを見せつけちゃおっかなあ?! 竜之介は自分の思い付きにトキメキを覚えた。
パーラーで過ごす自分の姿を想像しながら念入りにメイクを始めた。
◆
――うわぁ〜い!
慣れるまでは初めてプレイする機械に少し苦戦したが、慣れてくると面白いようにボーナスゲームを引き当て、順調にコインは増えていく。
――うふふっ。 今日の目標の5万円に届いたかな?!
とにかく女装にはお金が掛かる。
各シーズンの何から何まで揃えなくてはいけないし、男の服と二人分だから大変だ。
恵理が着なくなった物をくれたり、買ってくれたりもするが欲しい物には際限がない。
女装を卒業すると決めているつもりでも、買いたい物が頭をよぎり、ついそれを身につけた姿を想像している自分に気付いて笑ってしまう。
――ボクってしようがないなあ、、、 いっそのこと『止めるのを止めちゃう?!』か?! あははっ
「凄いなあ、ネエチャン。 笑いが止まらんみたいやなあ」
ボーナスゲームの派手な音楽が鳴るたびにチラチラ視線を送ってきていた隣のごつい体格のおっさんが、羨ましそうに声を掛けてきた。
目が合い、竜之介は茶目っ気を出してウィンクを返してやると、おっさんは「ええのぉ〜、ねえちゃん」と乱ぐい歯を剥き出しにしてニヤリと笑った。
「ついてるだけです。 うふっ」
すこしドキドキしたが、女声で応えてやるとデレッとした顔をしておっさんは下卑た笑みを浮かべた。
時計に目をやると、JULLEYの長谷川に指定された時間が近付いている。
――あ〜あっ、、、 まだまだ出そうだけど、メイクを直さないといけないしなあ、、、
竜之介は諦めてスタッフを呼ぶボタンを押した。
「ぐえっ! な、何?!」
椅子から立ち上がろうとした瞬間、いきなり背後から誰かに羽交い絞めされ、太い腕が喉をグイグイと絞めてきた。
――だ、誰?! えっ?! まさか、、、
「くふふっ。 随分勝ってるじゃん、竜之介〜〜。 飯おごってくれよ〜」
――やっぱり、、、 ど、どうしよう、、、 人違いってとぼけようか、、、
竜之介が直感した通り、羽交い絞めしているのは会社の先輩・橋本チーフだった。
随分と確信をもった橋本の態度に竜之介は縮みあがり、どう対処していいのかパニックになってしまった。
そこへ呼び出しボタンに反応したパーラーの店員が駆け寄ってくると首を絞める腕がスッと解かれた。
「お止めになるんですか?」
竜之介はコクリと頷いて席を立ち、橋本に背を向けた。
――どうしよう、、、 どうしたらいいの、、、
周りにも聞こえているんじゃないかと思うほど心臓が激しく鼓動を刻んでいる。
橋本はうすら笑いを浮かべ竜之介をじっと見つめていた。
――ボクだって分ってるんだ、、、
竜之介は積み重ねたドル箱を運ぶ店員の後を黙って付いていく。
その後を橋本がピタリと付いて来ているのは気配で察していた。
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