ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作
■ 第4章 翻弄6
何回か衣装をチェンジし、他の女性モデルと絡んだりしながらの撮影は2時間ほどで終わった。
カメラマンに求められるまま様々なポーズで眩いストロボの光とシャッター音に包まれて写真を撮られるのは竜之介にとって夢のように楽しい時間だった。
他の女性モデルとまったく同じように扱われ、褒めそやすカメラマンの調子のいい言葉は掛値なしに気持ちよかった。
面接の時に感じた長谷川への不安も、前日の警察の出来事も、そして橋本にバレテしまった事もすべて忘れ去り、”オンナの子の時間”を満喫した。
――これで女装は卒業しよう。 プロの女性ファッション誌のスタッフにまったくの女性として扱われ、これほど楽しめたんだからボクの目標は達成だよね、、、
更衣室で着替えながら竜之介はそう決めていた。 女装を初めた時のコンセプトは”ボクがどこまで女性に近づけるか”だった。
――これ以上は望むべくもない。 それに橋本チーフに知られてしまったんだからちょうどいい潮時さ。 でも暫くは会社でいびられちゃうかもなあ、、、
明日から会社で橋本と過ごす時間を考えると気が滅入るが、元々竜之介をとても可愛がってくれていた先輩だし、まさか刑事の富岡のような悪戯を自分にしてくるとは
思えない。
そう思えたのも2度目の衣装チェンジの時、更衣室に戻ったら橋本の姿が消えていたのは、自分の女装をいたぶるのが可哀そうだと思ってくれたに違いないと直感した
からだ。
――きっとすぐに前のように良い先輩・後輩の関係に戻れるはずさ、、、
その時、ドアがノックされ長谷川が更衣室に入ってきた。
「みちるさん、着替え済んだかな〜?!」
「はい」
この後、竜之介は長谷川と食事に行くことになっていた。
「おっ?! やっぱりそれを選んだんだね。 一番似合ってたよ」
竜之介は今日身に付けたドレスの中から水玉模様のシフォンドレスを選んで身に着けている。
「ホントに頂いていいんですか?」
好きな物を1着プレゼントするからそれ着て食事に行こうと誘われていた。
「もちろんさ。 ギャラの代わりだし、僕も素敵なレディを連れて行って自慢したいからね。 さあ、行こうか」
「はい」
竜之介は軽やかに立ち上がり、歩き出した長谷川の後を追った。
◆
「ご馳走様でした〜。 美味しかった〜」
洒落たイタリアンレストランで長谷川と食事を楽しんだ。
長谷川たちやお店のスタッフに女性として自然に扱ってくれる空間は竜之介にはとても心地よいものだった。
「そうだ、みちるさん。 来月号のモデルもお願いできるかな?」
「えっ?!」
予想もしなかった申し出に竜之介は目を丸くした。 女性モデルとして認められたと思うと飛び上りたいほどに嬉しい。
もう止めると決めたつもりでも、心の底では許されるのならもうしばらく女の子を楽しんでいたいと望んでいる。
「あのぉ、、、 せっかくのお話ですけど、今回の撮影を想い出に女装は止めるつもりなんです、、、」
断腸の想いで竜之介は断りの言葉を口にした。
「えっ、ホントに!? もったいない! 絶対人気者になれるよ」
「そう言ってくださるのはとても嬉しいんですけど、、、」
「本当に止めちゃうの?」
「ええ、、、 もうやりきったかなあって思うんです」
「そうなの!? 残念だなあ、、、」
「ごめんなさい、、、」
「う〜ん、、、残念だけど仕方がないね。 その代わりもう一軒、付き合ってくれるかな?! 旨いカクテルを飲ませる店があるんだ。 それくらいはいいだろう?!」
「あっ、、、 はい、、、」
――どうしようかなあ、、、
「レディとして過ごす最後の夜になるんだろ!?」
――あーっ! そうだった、、、 そう、、、 今夜でみちるは居なくなるだ、、、
「ですね〜っ!! 是非連れていってください」
「そうこなくっちゃ。 では、みちるさん。 参りましょうか」
長谷川は竜之介の後ろに回り、椅子をそっと引いた。
――うふっ 楽しい〜
長谷川のわざとらしいエスコートも、竜之介は嬉しくて仕方がなかった。
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