ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第4章 翻弄13

 ―恥辱の屋上―


 3日掛かりで苦労して仕上げたプログラムをコンパイルにかけた。

「う〜〜ん。 ふぅ〜、、、」

 竜之介はちょっとした達成感に浸り、ヤレヤレとデスクで大きく伸びをして胸を反らせた。

――あっ! ヤバっ、、、

 慌てて椅子の背もたれから身体を起こし、隣の席の同僚と橋本チーフの方を見た。

――良かったぁ、、、 見られてなかった、、、

 赤と黄色のカプセルに切り替えて1週間が過ぎ、薬の効用でバストが更に大きくなってきていて、胸の膨らみや揺れが目立つような動きは極力避けるようにしていたのだが、うっかりしていた。

 胸が目立たぬようにするために、滅多に着ることがないスーツや季節外れのざっくりとした冬物のセーターを身に着けて出社するようになっていた。

 今日も黒い厚手のフィッシャーマンズ・セーターを着て出勤すると、同僚から『梅雨に入ったっていうのに暑くないのか?』と訝しげに尋ねられてしまった。

   ◆

「お〜い、竜之介」

 竜之介は思わずビクッとして、声の主、橋本に視線を向けた。

 橋本はこっちへ来いと顎をしゃくった。

「は、はい、、、」

 秘密を知られて以来、会社でどう接したらいいのかわからず、二人きりになるのを避けるようにしていたのだが、オフィスを見回すと知らぬ間に昼休みになっていたようで開発室のスタッフは食事に出掛けてしまっていた。

 また橋本も今日まで不思議なほどに何も言ってこず、どこかよそよそしい態度で竜之介に接していた。

「なんでしょうか、、、」

 竜之介はビクビクしながら橋本のデスクに歩み寄った。

「ふふっ。 そう固くなるなよ。 み・ち・る・ちゃん」

「えっ、、、 か、会社では、、、」

「みちるちゃんに変身するのは休日だけの趣味だったっけな。 誰も居ないし、どっから見てもみちるちゃんなんだからいいじゃねえか」

「あっ、、、」

 勢いよく立ちあがった橋本に竜之介はたじろぐ。

 後ずさりするとたちまち背後の書庫に追い詰められ、身体が接するほどに橋本が迫る。

「気になってたんだけどさあ。 ムシムシする日が続いてるのにこんなセーター着て暑くねえのか、みちるちゃん」

「あっ、、、」

 橋本がセーターの胸ぐりを指で引っかけて覗き込もうとしてきた。

「ブラジャー着けてるのを隠そうとしてるんじゃねえのかな?!」

「あっ、止めてください、、、」

「ほ〜らっ、やっぱりなっ。 今日はセクシーな黒ブラじゃん! ちゃんと仕事中も可愛いランジェリーを着けて”みちるちゃん”してるじゃねえかよ。 うふふっ」

「あぁぁぁ、、、 言わないでぇ、、、」

 パチンコ屋で見咎められてからは女性物の下着を着けて出勤することは止めていたのだが、バストが急激に膨らみだしてから必要に迫ら
れてブラジャーを着けるようになっていた。

「飯、いこうぜ。 みちるちゃん。 おごってやるぜ」

「、、、はい」

 竜之介は悠然と歩きだした橋本の後を追う。

――気付かれなかったぁ、、、

 恥ずかしくて逃げ出してしまいたい気持ちなのだが、胸の膨らみに気付かれていないようなのが唯一の救いだった。

   ◆

 開発案件の納期が迫り、21時を過ぎてもオフィスの中にはスタッフ全員が残っている。

 竜之介は新しく取り組みだしたプログラムに没頭していた。

――あっ、、、

 画面にメール着信のポップアップが現れた。 橋本からメールだ。

《みちるちゃん。 俺のたばこ休憩に付き合え。 今すぐ屋上の南端のフェンスのところで待ってろ。  ドキドキを楽しませてやる。 ズボンを下ろしてキヲツケの姿勢で立ってるんだ。 言った通りにしてないと……分ってるよね、みちるちゃん》

 JULLYに載った竜之介の写真が添付されているのは、ばらすぞという脅しの意味なのだろう。

――なっ、何て事を、、、 本気なんだろうか、、、

 橋本の方を見ると顔を伏せて書類を読んでいる風を装っているが、肩が小刻みに震え明らかに竜之介の狼狽を嘲笑っている。

――裸を見られるだけで済むはずがない、、、

 竜之介は入社したての頃、一度上がったことのある屋上の風景を思い出そうとしたがはっきりとは思い出せない。

 しかし周辺には竜之介がいるビルよりも高い建物が幾棟もあり、商社が入っている向かいのビルは不夜城のようにいつも遅くまで人が残っているのは知っていた。

――屋上を見てる人がいたら、、、 あぁぁ、、、 どうしよう、、、

 橋本が咳払いをし、顎をしゃくって早く行けと促す仕草を見せた。

――本気だ、、、 屋上は明るいんじゃないの?!

 不安と妖しいトキメキで心臓がドクドクと音が聞こえそうなほどに高鳴る。

――とっ、とりあえず行ってみるしかないか、、、

 しばらくして竜之介はそっと席を立ち、オフィスを抜け出した。

   ◆

――ウソ、、、 こんなに明るいなんて、、、

 屋上への扉を開けると辺りのネオンの灯りで思っていた以上に屋上は明るい。

 そして向かいのビルにはたくさんの窓に明かりが灯り、顔までは判別できないが人々の働いている姿がはっきりと見える。

 竜之介は指示通り、南端のフェンスまで歩き背を向けて立った。

――指示通りにしなくちゃいけないのか、、、

 暫く躊躇していたが、竜之介はジーンズを足元に落とした。

 本当に橋本が来れば大きく膨らんだバストに驚き、ネチネチと嬲られるかもしれない。 しかし橋本に富田たちのようにア×ルに淫らなことをする趣味があるとは竜之介にはどうしても思えない。

 ましてとても信頼し、面倒を見ていてくれた先輩なのだ。

――ボクの身体を見ていい加減にしろって説教されるかも、、、 きっとそうだよ、、、

 屋上に吹く湿った風がスベスベに手入れした竜之介の脚にすーっと撫でた。

   ◆

 バストを橋本に見られたくない! 知らない人に見られるかもしれないこんな場所から一刻も早く立ち去りたい! 竜之介はそう願いじりじりしながら橋本の登場を待っている。

 フェンスの前に立ち、既に10分近く経っていた。

――来ないのかな?! 後でこんなバカげたことを真に受けて待っていたボクを嘲笑うつもりなのだろうか、、、 後5分して来なかったら戻ろう……

「あっ、、、」

 その時、屋上への階段を昇ってくる靴音が聞こえてきた。

――あぁぁぁ、、、 橋本さんだよね、、、 こんな時間に他の人は上がってこないよね、、、

 足音の主が橋本である確証はない。 恐怖が竜之介を包む。

 足音が止まり、鉄製の扉が軋む音が聞こえ、少ししてガシャンと扉がしまる音がした。

 思わずしゃがみ込みそうになるが、言いつけを守らないと何か難癖をつけられるかもしれないと思い直し、不安に苛まれながらも背筋を伸ばし、非常口の方を見た。

――えっ、、、 女?! 女だ、、、

(カッ、カッ、カッ)

 遠くのビルのネオンを背にしたシルエットしか見えないがその姿は確かに女性に違いない。 それに近づく靴音は橋本のスニーカーの音ではなく、ヒールが刻むあの音だ。

 シルエットは竜之介の方へまっすぐに近づいてくる。

――だ、誰? どうしよう、、、
 
 竜之介は思わずしゃがみ込み顔を伏せた。

――ひっ! 助けて、、、

(カッ、カッ、カッ、カッ、カッ)

 ヒールの音が竜之介の真ん前で止まった。

――誰なの、、、

 ヒールの尖った爪先が見える。

「立って待ってるように言われたんじゃないの?!」

――えっ?! 誰?

「立ちなさいよ、たっち!」

――ま、まさか、、、 明菜、、、

 竜之介が顔を上げると腕組みをして立っているのはまさしく明菜だった。

   ◆

 強張って立ちすくむ竜之介の身体を明菜は一言も発することなく、舐めまわすように眺めている。

――あぁぁぁぁ、、、 ひどいよ、橋本さん、、、

 騙した橋本への怒りよりも、かつて愛し合った明菜に恥ずかしい姿を晒し続けることがこの上なく恥ずかしい。

「ダメッ! 動かないでって言ったでしょ!」

 恥ずかしさに身体をもじもじさせると明菜の怒声が飛ぶ。

「黒のレースのショーツ、、、 ホントに女装趣味だったのね、、、」

 背後に回った明菜がセーターの裾から覗くヒップに貼りつくショーツを撫でながら言った。

「あっ、やめてっ!」

 ふいに明菜がセーターを捲くりあげた。

「きゃっ! 信じられない……  ブラまで着けて会社に来てるの?! へっ、変態だわ、、、」

 セーターを引き下ろそうとする竜之介と二人はもみ合う。

「やっ、やめて、、、 明菜、、、」

「気やすく呼び捨てにしないでよっ! 貴方の部屋にあったあのパンストって、、、 自分で穿いてたものなのね?!」

「…………」

「どうなのよっ?!」

 明菜は、俯いたまま黙っている竜之介に苛立ち声を荒げた。

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