ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第5章 カラダ5

 ―プロジェクトリーダー―


 週が明け、竜之介が担当するプロジェクトが本格的にスタートした。

 といってもプロジェクト専用の部屋があるわけではなく、今まで通り開発室での勤務だ。

 竜之介がプロジェクトメンバーになった中島裕子の席で打ち合せをしていると、外出から戻った橋本が背後から声をかけてきた。

「お〜っ、見違えたな! プロジェクトリーダーになって気合い入ってるな、竜之介。 お前のネクタイ姿なんて初めて見るけどなかなか似合うじゃねえか」

「あっ、ありがとうございます」

 竜之介はスーツにネクタイを締めて出社していた。

「協力会社さん達に会う機会が増えるでしょ。 最初が肝心!舐められちゃダメと思ってせめてスーツでも着てやるかと。 えへへっ」

 竜之介の会社では服装に決まりがあるわけじゃないし、役員達も普段はラフなカジュアルで出勤している。

 確かにリーダーになると対外的な折衝が増え、出掛ける機会もあるのだが、そのためにスーツを着たというのは表向きの理由だ。

 梅雨も後半になり、蒸し暑い日が続く中で、胸の膨らみを隠すためにスタジャンや分厚いネルシャツを着て仕事をするのは余りにも季節外れで奇異な目で見られるを竜之介は気に病んでいた。

 スーツなら誰も変に思わないし、リーダーに抜擢されたのをきっかけにしようと昨日大きめのジャケットと、スーツを買い求めたのだ。

「それはそうと、竜之介。 頼みがあるんだ」

「なんでしょうか、、、」

 真昼間のオフィスの中なのだが、橋本と面と向かい合うと思わず身構えてしまう。

「ふふん。 お前のプロジェクトの外注を1件だけ、差し替えて欲しいんだ」

 橋本は竜之介のうろたえぶりにその心情を察し、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

「あの〜、どの部分ですか?」

 仕事の話だとわかり竜之介はホッとした。

「クライアントインターフェースの部分だ」

「それってアクトエンジニアさんに発注する予定なんですけど、、、」

「すまん。 クライアントから急にその業者を使ってくれって言ってきたらしいんだ。 アクトには俺が穴埋めをするから何とか頼むわ」

「そぉなんすか、、、 じゃあ、仕方ないですね。 で、どこの業者なんですか?」

「俺は昔一度だけ仕事をしたことがあるんだが町田の山科システムって会社だ。 おまえ、知ってるか?!」

「いいえ、、、 ボクは知らないです」

「そっか。  じゃあ明日、一緒に行ってやるから紹介するよ。 ついでにレビューを頼むぞ」

「えっ、レビューも明日やるんですか?」

「ああ、急だが先方の資金繰りとかもあるらしくて早く着手したいみたいなんだ。 なんとか準備してくれ」

「あっ、はい、、、 わかりました。 間に合わせます」


   ◆

 明日のレビューの準備に、竜之介はスタッフの中島裕子と二人で遅くまでオフィスに残っていた。

「遅くまで御苦労さんだね、お二人さん。 まだ掛かりそうか? 竜之介」

 夕方から業者と懇親会に出掛けていた橋本が赤ら顔で開発室に戻ってきた。

「あっ、いえ。  もう少しで終わります、、、」

「そっか。 山科の親父、ちょっと変わりモンだけど、明日はよろしく頼むわ」

「あっ、はい、、、」

――なんだよ、酒臭いなぁ、、、 急に突っ込まれた仕事で残業してるのに、、、

 竜之介は上機嫌でロレツが少し怪しい橋本を疎ましく感じた。

「そうだ、コレ渡すの忘れてたんだ。 明日はこの名刺に相応しい恰好で来てくれ」

 橋本がテーブルの上に数枚の名刺を置いた。

 手に取るといつも使っている名刺と同じデザインだが、名前が”速水 みちる”と印刷されている。

「えっ、、、 これ、どういうことなんですか、、、」

竜之介は声を潜めていった。

「見たとおりだ。 明日はOLらしく控えめな化粧で来てくれよ」

 橋本もパーティションを隔て隣に座っている中島に気遣ったのか、声をひそめて言った。

「そっ、そんな、、、 出来るわけないじゃないですか」

 橋本は女装して業者と仕事をしろと、とんでもないことを言ってきた。

「ふふん。 それは逆だ。 お前が男の恰好してるほうが変だぜ。 今のおまえ、、、 男装の麗人って感じだもんなあ。 女でいる方がよほど自然だぞ」

「そっ、そんな、、、」

「山科システムとは今回限りの付き合いだろうから、女の子の”みちるちゃん”として仕事が出来るチャンスだと思わないか? 念願だったんだろ?!」

「何言ってるんですか?! むっ、無理ですよ、そんなの、、、」

「先方にも連れていくのは可愛い女性スタッフって言ってあるからさっ」

「そんなムチャですっ! 明日は中島も一緒だし、、、」

 橋本はニヤリと笑い、中島のデスクを覗きこむ。

「裕子ちゃん。 明日のレビュー、君は行かなくていいよ。 山科の社長って女癖が悪いって有名らしいんだ。 我が社のマドンナが毒牙に掛けられても困るから速水リーダーに任せとけばいいから」

「あっ、そうなんですか?! わかりました」

 お世辞にも可愛いとは思えない中島は精一杯の笑顔で橋本にこたえた。

「竜之介。 明日は直行でいいぞ。 待ち合わせはJR町田駅の改札前に9時半な」

 橋本は中島にも聞こえるように大きな声で言った。

「そっ、そんな?! チーフ、、、」

「OLっぽいブラウスとミニスカートがいいなあ。 暑いからジャケットは着なくていい。 頼んだぞ、みちる君」
 立ち去り際に橋本が耳元で囁いた。

「ちょ、ちょっと待ってください、チーフ! 待って、、、」

 笑い声を残し橋本は開発室を出ていった。

――ムチャクチャだ、、、 そんなこと出来る訳ない、、、


   ◆

『会社にはもういられない・・・ 会社を辞めるしか・・・』

 竜之介は一晩中繰り返し自問し、殆ど眠れぬまま夜を過ごした。

 辞めたらどうやって暮らしていくのかを考えると暗澹たる気持ちになる。 橋本に辞めた経緯や性癖をばらされたら同じ業界で仕事を見つけるのは無理だろうし、この不況下でおいそれと他の仕事を得られるとは思えない。

 そして他の職に就いたとしても橋本や富田が竜之介の秘密を知っている事に変わりはないのだ。

 仕事を辞めてしまうとズルズルと富田達に引き込まれ、快楽に溺れ隠微な世界で男娼として生きていくようになってしまうのではないか、そんな恐怖が竜之介の頭を支配する。

 しかし山科システムに女装して行ったとしてもばれてしまえば、辞めなければいけないのは同じことなのだ。

 答えが出せないまま朝を迎え、待ち合わせの時間が刻々と迫る。

――どうしよう、、、 どうしよう、、、 そ、そうだ!

 勘弁してくれる可能性は少ないと思いながら一縷の望みを持って橋本に電話をかけてみたが、幾度掛けても留守電に切り替わってしまう。

――もう、時間がない、、、 とにかく待ち合わせの場所へ行ってみるしかないか、、、

 山科システムにまで行く決心は出来ていないが、とりあえず指示されたスタイルに着換え、竜之介は駅に向かった。

   ◆

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