ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第5章 カラダ6

「おぉ〜、速水。 ギリギリだな。 てっきり来ないのかと思ったぜ」

 改札を出ると橋本が待っていた。
 
「おはようございます、、、」

「ふふっ。 黒ブラが透けてセクシーだぜ、みちるちゃん。 言わなきゃババア臭いベージュを選んでただろ?! くくっ」

 シルクの白いブラウスから昨夜メールで指示していた黒い下着のシルエットがくっきりと浮かんでいるのを見て、橋本は満足そうに笑った。

「チーフ。 こ、こんな事絶対無理です。 ばれたら会社に迷惑がかかってしまいますっ! だから今日は、、、」

「大丈夫だよ。 自信持てよ、みちるちゃん。 俺のチ×ポを勃たせて精液を搾りとるほどエロいお前なら立派に騙せるさ。 何なら朝から俺のチ×ポをしゃぶって女の自信を取り戻してから行くか?!」
 
 橋本は竜之介の言葉を遮り、通勤客が行きかう構内で大きな声で竜之介の心を嬲る言葉を吐いた。

「くぅ、、、 今日だけの問題じゃないです。 山科さんが会社に来られたら応対できないじゃないですか!?」

 竜之介はあからさまな表現に頬を紅く染め、必死で橋本に喰い下がる。

「今日のレビューが上手く行けば、今回くらいのシステムなら後はメールと電話で大概は済むだろ?! 会う必要があればお前が出向けばいい」

「でもそんなに上手くいくなんて思えません。 それに、、、」

「なあ、竜。 密室の中でケツ穴を掘られて喘ぐ裏の女じゃなくて、表の女の時間を精々楽しめばいいじゃないか。 なっ!? さあ、ここからはタクシーで行くぞ」

 橋本は竜之介を置いてそそくさとタクシー乗り場へと歩いていく。

――ど、どうしよう、、、 どうしよう、、、

 一週間続いた地下倉庫での凌辱は、橋本の言葉に抗えない気持ちを竜之介の中に芽生えさせていた。

 竜之介は大きくため息をつき、そして小走りで橋本の後を追っていった。

   ◆

 山科システムは閑静な住宅街の中にある古びたビルにある小さなシステムハウスだった。

 会議室に通された二人は、山科社長の登場を待っている。

「くくっ。 なんだよ?! 緊張してんのか、竜」

 橋本は身体を強張らせている竜之介をからかうが、応える余裕すら竜之介にはない。

 やがて足音が近づいてきて、勢いよくドアが開いた。

「やあ、どうも、どうも〜橋本君。 お待たせしました。 今日は無理言ってすみませんな」

 まっすぐに近づいてきた山科は、背が低くとても太った脂ぎった中年男で、若い女性社員を従えて騒がしく登場した。

「山科です」

 山科が名刺を竜之介に差し出した。

「あっ、はじめまして。 デジタルシステムワークスの速水です。 よろしくお願いします」

 竜之介が差し出した名刺がフルフル震えている。

 竜之介の心臓は苦しいほどに早鐘を打ち、声が上擦っているいるのが自分でもわかった。

「いやあ、橋本君。 君が言った通りホントに可愛い女性ですな。 楽しく仕事出来そうだ。 わははっ」

「でしょ! 技術、知識もしっかりしてるし、我が社一押しのホープです」

「そうですか。 それは頼もしい。 じゃ早速始めますか。 どうぞそちらへお座りください」

 長机がコの字に並べられた正面に竜之介は座った。


   ◆

 用意していた資料をプロジェクターに投影し、竜之介は淡々とゲームの企画内容を説明していく。

 竜之介は最初は早く済ませてこの場を去りたいと願っていた。

 しかし進めるうちに山科も女性社員も竜之介の事をまったく疑うそぶりがないことに少し自信が湧いてきて、それなら2度と来なくても済むようにと懇切丁寧に説明を進行していく。

 昼食後もレビューは続くのだが、昼食を終えると橋本は会社に戻ってしまった。

 一人になった時は不安でドキドキしたのだが、それもつかの間で橋本に見られていないことで返ってリラックスする事が出来た。

 竜之介は”デジタルシステムワークスの女性エンジニア:速水みちるとしてレビューをこなしていく。

――えっ?! まさか、、、

 プロジェクターの明かりがパッと浮かび上がらせた山科の横顔に竜之介は一瞬ドキッとした。

 秘密倶楽部で竜之介を羽交い絞めにした相撲取りのような大男の顔によく似ていると感じたのだ。

――ふふっ。 そんなわけないか、、、

 しかし直ぐに錯覚だと気付く。 あの時の男はスキンヘッドの雲を衝かんばかりの大男だったと思いだし、あの秘密倶楽部の出来ごとがよほど頭の中にこびりついているのかと自分に苦笑してしまった。

 システムのボリュームからいえば通常の倍以上の時間を掛けたレビューは、夕方近くにようやく終了した。

「お疲れさまでした。 じゃあ、進捗状況や質問はメールでお願いしますね」

 怖々と始まった一日だったが、仕事の現場で女として丸一日過ごせた充実感が竜之介は包んでいた。

「いやあ、どうもご苦労さん。 どうだね、後はいいんだろ?! 食事に行かんかね、速水さん」

「ああ、、、お誘いはありがたいんですけど、まだ会社に戻って明日の準備をしなければならないので、申し訳ありません」

「そんなことに言わずに、ちょっとだけ付き合ってくださいよ〜、みちるさん」

――うへっ チーフが言ってた山科の社長って女癖が悪いっていうのはウソじゃなかったんだ

 しつこく食事に誘う山科の誘いをなんとか振り切り、竜之介が山科システムを出たのは6時を少し過ぎていた。


   ◆

 町田駅の改札の前で電話を切り、竜之介は思わず微笑んでしまった。

――出先からの直帰を喜ぶなんてホントのOLみたい。 うふふっ

 会社に山科のレビューが終わったと連絡を入れると、電話に出た橋本が『その格好じゃ会社に戻って来れないだろ』と皮肉交じりに直帰しても良いと言ってくれたのだ。

 ウィークデーのこんな時間に女装して表を歩くことは初めてのことだ。

――横浜で買い物して帰ろうかなあ?! 何か美味しい物、食べよっと

 竜之介は少しウキウキした気分で券売機に向かいかけると知らない番号の携帯から着信があった。

――誰だろう、、、

「もしもし、、、」

 女装姿で男の声で話すのを聞かれるのは恥ずかしいので切符売り場の端に移動し、小さな声で電話に出た。

『ふふっ。 お前の男の声を聞くのは久しぶりだな』

 声の主は富岡刑事だった。

 すーっと血の気が下がり、厭な予感で胸が騒ぐ。

「なっ、何でしょうか、、、」

『今日は男だとばれなかったのか?』

「えっ?! 、、、はい」

『横浜のゲイバー・アモール、覚えてるな?! お前が初めてケツ穴にチ×ポを突っ込まれた店だ』

「、、、はい」

『今から直ぐに来るんだ』

「えっ、、、」

『町田からなら30分もあれば来れるだろう。 わかったな』

 返事を言う間もなく電話は切られていた。

――チーフが直帰してもいいと言ったのはこれだったんだ、、、

 竜之介は暫くの間、その場に立ち尽くし、やがてうな垂れて券売機に向かう。

 泣きだしたい気持ちをこらえ、ついさっきまではウキウキしていたはずの横浜行きの切符を買った。

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