ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第5章 カラダ13

 ―休日出勤2日目―

―翌朝7:00―

(ピンポン、ピンポン、ピンポン……)

 玄関チャイムの音がせわしなく鳴り、竜之介はガバッと跳び起きた。

「お〜い開けろ〜、竜之介〜っ! 俺だ〜っ! 迎えに来てやったぞ〜」

(ドン、ドン、ドン、ドン)

「橋本チーフ?! うそっ、、、 こんなに朝早く」

 なおも橋本はドアを叩きながら大きな声でがなる立てている。

――どうしよう、、、 着替えなきゃ、、、

 ナイティで寝ていたことを橋本に知られたくはなかった。

 慌てて着替えようとベッドを抜け出したが、橋本はドアノブをガチャガチャさせ大声を出すのをやめようとしない。

――静かにしてっ! 隣のおばちゃんが来ちゃうよ、、、

 隣の部屋の住人は気難しい中年のOLで、幾度か友達と騒いでいる時に怒鳴りこまれた事があった。

「開けるから大きな声を出さないでくださいっ」

 竜之介はドアに走り寄り押し殺した声で言った。

「何してんだよ。 早く開けろよ、竜之介〜〜」
(ガチャ、ガチャ、ガチャ)

――ちくしょお、、、

 竜之介はやむなくドアを開けた。

「お〜っ! 可愛いねえ、竜之介。 寝る時もみちるちゃんで寝てるのかあ」

 橋本はナイティを着た竜之介を舐めまわすように見つめ、ズカズカと部屋に上がり込み、どかっとソファに座りこんだ。

「お前の部屋に来たのは久しぶりだけどまるで女の部屋だな」

 橋本は壁に吊り下げたワンピースやキャミソールを見てニヤリと笑みを浮かべて言った。

 昨夜とは打って変わった橋本の態度に竜之介は戸惑いを覚える。

「あのぉ、、、 会社へは9時でよかったんですよね?!」

 竜之介は手で胸を覆いながら橋本に強い口調で言った。

「そうだけどさ。 守衛に時間外届けを見せて貰ったら今日は俺達だけだったからさあ。 お前に会社でもOLごっこをやらしてやろうと思いたったって訳さ」

「えっ?! 冗談でしょ、、、」

「いや、本気さ。 この前、山科システム行ったときだってお前凄い楽しそうだったぜ。 電話で言ったって言うこと聞かないと思ってわざわざ迎えに来てやったんだ」

 会社の外で滅多に会わない外部の人間相手に演じたのとは訳が違う。 他に出社予定者がいないといってもトラブルがあれば急遽、出社する人もいるのだ。

「そんなこと、無理です! 許してください。 チーフ、、、」

 こんなむちゃを言うならもう手伝わないぞと喉まで出かかったが、何とか思い止まった。 橋本に握られている弱みを考えると、もう殆ど完了している韓国の見直し案件は交換条件には弱すぎる。

「いつも朝にシャワー浴びるんだろ?! その間に俺が着ていく服探しておいてやるから」

 そういうと、橋本はクローゼットに歩み寄り勝手に服を物色し始めた。

「早く支度しろよ!」

「、、、はい」

 竜之介は仕方なくチェストから下着を選んで、バスルームに向かった。

   ◆

 シャワーを浴び、バスタオルを巻いただけの恰好で竜之介はバスルームを出た。

――やっぱり、、、

 着替えに用意していた下着が見当たらないと思ったら、ソファにふんぞり返った橋本がブラジャーを指に引っかけグルグル廻している。

「安心しろ。 何もしねえよ。 朝からエロモード突入して仕事する気がなくなったら俺が困るからなあ。 今日の下着はコレだ」

 橋本が背中に手を廻し、ソファの間に隠していた真っ赤なランジェリーを取りだして竜之介に向かってかざした。

「あぁぁぁ、、、」

「ぐずぐずすんなよ、竜之介〜。 それとも出勤前にケツ穴に一発、欲しいのか?」

「あっ、いえ、、、 わかりました。  あっ、、、」

 橋本が持つブラジャーに手を伸ばすと、スッと手が引っ込められてしまう。

「先にバスタオルを外せ」

 橋本はブラジャーに頬ずりしながらニヤニヤ笑って言った。

「あぅぅ、、、 はい、、、」

 竜之介は明るい部屋の中でバスタオルを取り、湯上りの紅潮した素肌を橋本にさらして下着を受け取った。

――恥ずかしい、、、 あっ、これは、、、

 手にした赤い下着は、初めて恵理に会った時にランジェリーショップで買ってもらった物だった。

 恵理との思い出が詰った下着を身に着けていくその一部始終を『ふん、ふん』と橋本は鼻息を鳴らし、じっと眺めている。

「それはハーフカップブラっていうのか? 乳首がまるで隠れてないぜ。 あの女と露出プレイする時に着てたのか?!」

――あぅぅ、、、 言わないで

 恵理との野外での恥戯を見られている橋本のいたぶりの言葉は、竜之介の被虐心を一気に昂らせていく。

 メイクを施し、髪を整えている間も橋本は引き寄せた椅子の背に肘をつき竜之介の変身を楽しそうに眺め続けた。

「やっと出来たか。 女の身支度ってのは時間がかかるよなあ。 しかしこうやってみるとお前、マジで女にしか見えんなあ」

 橋本が鏡を覗きこみしみじみと言った。

「今日はこのスーツで出勤だ」

 橋本がクローゼットから引っ張り出してきたものは黒いミニ丈のスーツだった。

――あっ、、、 恵理に貰ったスーツ、、、

 橋本が手にしているスーツを目にして竜之介は胸が締めつけられた。 恵理が着ていたのを竜之介がねだってアメリカに旅立つ前に貰ったもので、まだ袖を通したこともないスーツだった。

「お前、来週からこの髪形で出勤してみろよ。 スッピンでもお前だと気付かないかもな」

 橋本に見詰められながら身に着けるスーツは思いのほかタイトで竜之介の身体にぴったりと張り付き、スカート丈は思った以上に短くて股下5センチ程しかなく少しかがめばショーツが覗けそうなシロモノだった。

「おっ、いいじゃん。 いつでもパンチラサービス出来るなあ。 さあ、行くぞ。 竜之介」

「、、、はい」

   ◆

 橋本の運転する車でオフィスのあるビルに着くと、守衛室という関門が待っていた。

 顔見知りの守衛の前で橋本が入館の記帳をしている間、竜之介はドキドキしながら平静を装い佇む。

「届けより遅くなるようでしたら、事前に声をかけてくださいね」

 竜之介は守衛に会釈して、手続きを済ませて歩き出した橋本を追った。

「へへっ。 ドキドキしたか? お前は山科システムの社員ってことにしてあるからな。 ほい。 これだ」

「えっ!? はい、、、」

 橋本はエレベータの中で竜之介の首に来訪者用の”GUEST”と書かれたIDをぶら下げた。

   ◆

「ただいま、、、」

「おう、サンキュー」

 竜之介は両手にスターバックスのコーヒーカップを持って開発室に戻った。

 行きつけの定食屋で橋本と昼食を摂り、オフィスビルの前まで戻った時、食後のコーヒーを買ってきてくれと命じられたのだった。

 日曜日のオフィス街なので定食屋もスターバックスも普段程には込んではいなかったが、竜之介に顔見知りに会わないかヤキモキする時間を過ごさせたのは橋本の意地悪に違いない。

 橋本の態度が昨日と一変したのは、昨夜でほぼ仕事の目処がついているからだと竜之介は察している。

 しかし午前中は何も仕掛けてこなかったし、この仕事が終わるまでは淫らに迫られることはないだろうと楽観していた。

「どうだ?! 後どれくらいで出来る?」

 コーヒーをすすりながら竜之介の胸元を覗きこむように橋本が尋ねた。

「そうですね。 もう少しです。 後1時間ぐらいですかね」

「そっか〜! 1時間かあ」

 橋本は嬉しそうに言うと、ブラインドを巻きあげ、窓を開け放った。 梅雨明け間近の真夏を思わせる日差しがオフィスの中を照らし、湿気を含んだ生温かい風が吹き込んできた。

「冷房は女性の身体にはよくないらしいし、今日は天気がいいから窓を開けた方が気持ちいいだろ?!」

 他の窓も同じように開けていく橋本を奇異な目で竜之介は眺めていた。

「熱いんじゃないのか?! 服を脱いでもいいぜ、竜之介」

「はい?!」

「遠慮せずに脱げよ」

「いえ、、、 いいです。 大丈夫ですから、、、」

「俺は気にしないから。 どうぞハ・ダ・カでくつろいで仕事をしてください」

――始まった、、、

 指示書改定の先が見えて安心したのか橋本は露骨な態度で竜之介を弄び始めた。

「会社の中では赦してください、、、」

「ふふっ。 会社の中だからこそお前は嬉しいんだろ?!」

「ちっ、違いますっ」

「ふふっ。 まあ、そういうことにしておいてやる。 とにかくその暑苦しいスーツを脱げよ、竜之介」

「あぁぁ はい、、、」

 竜之介はスーツのボタンを一つずつ外していく。

「向かいのビルから誰かが覗いてくれるといいな。 なあ、竜之介?!」

 橋本が窓を開け放った訳が分った。

 窓に目を向けると向かいのビルとはかなり離れているので窓際に立たない限り見られないとは思うが、窓が開け放たれていると思うだけで恥ずかしさが増してくる。

 橋本は自分の席に戻って竜之介がスーツを脱いでいくのをニヤニヤ眺めていた。


   ◆

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