百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第一章 亜湖とさくら2

―――と、その時―――
「その子達に用があります」
と男に声を掛けた人が居た。女の声だった。男は、
「なんだ!? 俺が先に捕まえたんだ。スッコんどれ」
と言ったが、その女は、
「私にそんな口を聞いていいのかしら?」
と言いながら、目の周りを覆っていた蝶のマスク―――、ドロンジョマスクの目の周りの赤い所だけのバージョン、と言えばいいだろうか、を外し、男を睨みつけた。
「あ、ああ……、も、もう、申し訳ありません、しゃ、社長様でしたか……」
男はそう言い亜湖を離し社長と言われた女に渡し、そそくさと立ち去った。さくらは離された亜湖に駆け寄り、肩につかまった。亜湖とさくらには、社長の目付きは彼女が深く被っていた帽子の為に見えなかったが、この男の態度の変わり振りから只者ではない事が直ぐにわかった。―――気付いたら社長は既にマスクを再び着けていたが。

亜湖もさくらも、もう驚く事は無かった。と言うか、今迄済んでいた孤児院は学校から帰ってくるや否や突然無くなってしまい、そして街に出てくれば突然ヤクザまがいの男に売り飛ばされそうになる。朝は天国夕方は地獄になってしまえばもうこの先何が起きてもどうにでもなれ、といった感じになってしまったのである。
社長は、自分の後ろについていた身長185cm程で白スーツ姿にサングラスをかけた男に―――、
「銀蔵さん。この子達を車に乗せて」
と指示した。銀蔵と呼ばれた男は、
「はっ」
とだけ返事し、さくらと亜湖に手招きをした。亜湖とさくらは完全に脱力状態になり、ただ銀蔵に付いて行くだけだった。


車―――窓が黒塗りになっている如何にもヤバイ系の白いベンツの前の座席にさくらを乗せ、後部座席に亜湖を乗せた後、社長も後部座席に乗った。そして銀蔵が運転席に座り運転をする。
車が発進すると亜湖は社長が何故自分達をあの男から助けたのか、勿論助けた、という言い方はさっきの状況から考えると正しくは無いだろうとは思ったが、
「ありがとうございます」
ととりあえずお礼を言った。社長は、
「さっき、あなた達の施設の前を通ったわ―――」
と語るように言った。亜湖もさくらも下を向いていた。
「単刀直入に言うわ。あなた達、仕事が欲しいんじゃなくて?」
亜湖もさくらも顔を上げた。しかし社長は、
「楽な仕事ではないわよ。内容は事務所に着いてからにしましょうか。まあ―――さっきの男について行くよりは遥かにまともだと思いますけどね」
と落ち着いた声で言った。取り壊された施設に居たかと思えば繁華街に身を運んでいる―――。社長から見ればどう考えても突然生活に窮してまともな判断が出来なくなってしまったとしか思えなかった。要はあなた方の欲しいのは、「金」だろう? という事である。亜湖はやっぱりそっちの話か―――と思った。あんな怪しい街で声を掛けられた以上はまともだとは思えない。更にまともだったら自分の事を”まともだ”なんて態々断ったりしない筈だと思ったからである。
しかし、そんな事も言ってられないのが現実だとも思った。自分はともかくさくらを危ない目にあわせる訳には行かない―――、その為イエスともノーとも言えなかった。
「まあいいわ。話を聞いてからでも遅くは無いでしょう」
社長はそう言ってとりあえず話を切った。


少し繁華街から離れた所―――、車で10分位の所に着いた。
亜湖とさくらは車から降り社長と銀蔵についていった。
「こちらです」
銀蔵は一棟のマンションの地下に二人を招いた。そしてまるで核シェルターのような分厚い扉が目の前にあり、そこに、
―――株式会社丸紫―――
と非常に目立たない様に名前あった。丸紫の看板が見えない位置から見れば地下倉庫への扉としか思えなかった。

聞いたことがあった―――
学校の裏サイトで、5年くらい前、相生高校の生徒会長だった人が丸紫で闇プロレスをやっていた、という噂を―――、
勿論噂かその生徒会長が自分をモデルにした創作小説を書き裏サイトにばら蒔いたに過ぎないと思ったが、目の前に株式会社丸紫、なんて文字があれば信じないわけには行かなかった。しかし、丸紫という名前のみが一致しているだけかもしれないとも思った。

銀蔵が扉を開け亜湖とさくらを入れ、最後に社長が入った。
廊下を歩きながら亜湖とさくらは周りをキョロキョロと見渡した。
正面から小柄な女性―――、亜湖達より年上、20代中盤以降の可愛らしい感じの人が来て声を掛けてきた。
「こんにちは、新人?」
「こんにちは…」
亜湖とさくらは挨拶を返したがこの女の人の格好が気になった。
黄色の体操服に赤いブルマ、しかもハイレグでなんかエロい。しかも手には何故かフルフェイスのヘルメットを持っていたからだった。
そしてその女の人は近くの扉を開け部屋に入っていった。

「こちらになります」
銀蔵は事務所の扉を開け二人と社長を入れた。
事務所には大きなソファーとテーブルがあり、そしてモニタディスプレイが4台置いてありそのうちの1台だけスイッチが入っていてそこには試合の賭け金と倍率が表示されていた。
「これは…」
亜湖は画面を見て驚いた。
「それは賭けの倍率よ」
社長は答えた。
「ここは一体何をする所なんですか?」
亜湖はさっき廊下で会った小柄な人の件もあり、ここがどういう所なのか早く知りたかった。
社長は二つ目のモニターの電源を入れた。そのモニターにはリングの上で試合する女達の様子を映していた。
「ここは闇プロレスよ。闇プロレス丸紫へようこそ―――」
と言って説明をした。

やはり5年前の噂は本当だったのだ―――。当時の生徒会長はここ、丸紫で闇プロレスをやっていたのだ。
亜湖は思わず聞いた、5年前の生徒会長の事を。すると社長は、
「見覚えある制服かと思ったら、あなた達は後輩なのね…。そうよ、彼女は強かったわ」
と言い、生徒会長は高校卒業と共に引退したことを説明した。

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