百花繚乱
百合ひろし:作

■ 第一章 亜湖とさくら3

引退が出来る―――というのは大きかった。さっき社長がいった『あの男についていくよりは遥かにまとも』といったのを思い出した。
風俗業界は一度足を踏みいれると使い物にならなくなるまでは、やめさせてはくれないのである。

それから社長はルールを説明した。

1, ガチンコで闘う。ブック等は存在しない。
2, 1,ではあるがプロレスの醍醐味である、『相手の攻撃を受けて、それに耐え、そして返す』というのは鉄則。
3, 相手の技を受けるか、よけるか、返すかはお互いの技量の問題。2,の範囲内で、あくまで耐えて返す。
分かりやすく言うとショルダースルーのように如何にも待ってるから的な技や、コーナーに振っておきながらモタモタ攻撃してくるようなら避けるなり返すなりする事。
4, ハンマースルーは積極的に、ロープにコーナーに振りまくれ。そして振ったら直ぐ攻撃に移る事。
5, 観客席は無いが場外乱闘用の椅子はある。また試合の様子は専用の有料サイトで配信される。ここで言う観客とは、有料サイトを見ている人達の事を指す。
6, 技を掛けられた時に声を出す出さないは自由。声を出した方が観客には展開が分かりやすいが。
7, 凶器の使用は禁止、厳しくチェックする。場外の椅子で我慢する事。また、レフリーは審判であり、審判への攻撃は論外。
8, 3カウントで勝負を決めるようにする事。フィニッシュ技以外で気絶したらレフリーが起こす。ギブアップ狙いもあまりやらないこと。
9, KOを防ぐため、顔面攻撃を制限する。顔面は掴み技と平手のみ。
10, 服装は自由
11, 観客は試合でどちらが勝つかを賭け、当然賭けに勝てば配当が手に入る。そして勝利者にはファイトマネーが入る。一応少ないながらも基本給はあるので一勝も出来なかったとしても食いっパグれる事はない。

普段の亜湖なら説明を聞いたら、そこで帰らせて貰おうとしただろう。しかし、住む場所金も無い今は、食べていく為に何でもいいから仕事が欲しかった。
更にこれはプロレスであり東南アジアに売り飛ばされる訳でも売春でも無いし、しかも過去、生徒会長はしっかり引退している。その為、ここで暫く生活費を稼ぐのもいいと思った。
亜湖自身も、そしてさくらも体はそれなりに大きい上に運動はお互いに得意なため何とかなるのでは、とプラスに考える事にした。
いや、プラスにでも考えなければやっていられない、と言うのが今の自分達の置かれた状況だという事を、亜湖もさくらも良く理解していた。


「で、どうかしら? やるの? やらないの?」
社長は少し二人に近付いて聞いた。亜湖には、やらねばここを出た途端にさっきの男のようなスカウトマンに今度こそ連れて行かれてしまうだろう。その為、
「……やります」
と答えた。考える時間は必要無かった。しかし、その次の質問には直ぐには答えられなかった。
「コスチュームは何がいいかしら? 一応ここに居る人のコスチュームを教えておくと、変形のミリタリー、体操服、ゴスロリ、普通のレスリングスーツも居ればビキニもいるわ―――。自由とは言ったけど、本当に何でも有りよ。レフリーはメイドとゴスロリの二人ですしね」
と言った。亜湖とさくらはお互い顔を見合わせていた。要は、戦う格好なんて分からないからだった。二人とも何かしら格闘技の経験があれば、その格闘技で使ってた衣装でやれば済んだのだが生憎経験が無い。ならば体操服とかも思ったが、既に体操服姿の人と廊下ですれ違っているから二番煎じになってしまう感じがしたから―――。まあ尤も、相生高校の体操服はブルマでは無いのだが―――。

二人の服が入っているタンスは孤児院に戻ればまだ置いてある筈―――、落ち着いて考えて社長に時間を貰えばそういう選択が出来たのだった。そう、タンスを開けて、闘うのに相応しいコスチュームをゆっくりと考えれば良かったのだった。しかし二人にはそこまで心の余裕は無かったのである。


さくらはゴクリと唾を飲み込み一回自分に言い聞かせるように頷いた後、意を決した様にキッと前を見据えて亜湖の前に一歩進み出た。
「私は―――」
そう言い、ブレザーのボタンに手を掛けてボタンを外して脱いだ。更にネクタイを外し、ワイシャツとミニスカート姿になったが今度はスカートのベルトに手を掛けてバックルを外しベルトを引き抜いた。そしてスカートのボタンを一つ外すと簡単に、ストン、と床に落ちた。そして足元に落ちたスカートをまたいだ後、ワイシャツのボタンに手を掛け一つずつボタンを外した。
「さ……さくら……??」
亜湖は、今迄―――、そう、取り壊され行く孤児院を見てからさくらはずっと絶望的な表情を見せたり、亜湖の後ろでおびえた表情を見せていたのに―――、突然の変貌に驚いた。
さくらは最後のボタンを外すとワイシャツを両腕から抜き取り足元に落とした。そして社長に、
「私はコスチューム持ってないので、下着姿で闘います……。今の私には何も無いのでピッタリじゃないかと―――」
と言った。さくらは自分が今、物凄く大胆な事を言っている事に気付き、内心恥ずかしかった。社長は、かわいいピンクのブラジャーとパンティ、そして革靴と靴下のみの姿になったさくらの顎を人差し指でクイッと持ち上げ、
「あなた面白い娘ね。さっきまでとは顔付きが違うわよ。それに、下着姿で闘おうなんて娘は初めてよ」
と言った。さくらは、顎に指を当てられた事でさらに気恥ずかしくなり、社長を見据えた状態のままながらも顔が段々赤くなっていくのを感じていた。そしてそのままの状態で、
「ここで私たちがモタモタしていたら、社長さんの気が変わるんじゃないかと……」
と答えた。さくらはそれだけは防ぎたかったのだった。

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